いつも気を張り詰めていたような気がする。 不遇な身の上を他人に侮られまい憐れままいと、肩肘張って生きてきた。 でも、此処の人たちは、そんなものを飛び越すほどお節介で世話焼きで押し付けがましいほど親切で。 張り巡らしていた高耶の垣根をあっさり越えて懐に踏み込んでくる。 自分のペースを乱されて頭を抱えることも多々あったが、それが原因で不快になることはほとんどなかった。 前よりも明るくなったと媼は笑い、 男ぶりが上がったなと椌木がからかう。 たまには町のスナックに行きましょうと齊藤が誘いにきては、大事なうちの孫を悪所に連れ込むでねえと老人が睨みをきかし、 酒なら此処で飲めとばかりにご近所総出の大宴会になったりもする。 話題はいきおい身近な仕事の話になって何かと小突かれる宮仕えの齊藤が年の近い高耶に助けを求めるのもまた自然の成り行きで。 農業についてはまだまだ素人だが若い感性と消費者の立場も踏まえて訥々語る高耶の意見には、 地元の老人たちをして考えこませることもしばしばだった。 高耶という触媒を得て、人も、集落も、少しずつ変わっていく。 産直販売所に並ぶ品揃えが変り、売り上げが増え。 これまで自家用に作られていた伝統の漬物や保存食が口コミで評判になり、 お婆さんたちが意気軒昂、作業所を作り法人を立ち上げようという声があがって。 比例して増える雑務に、農協内では高耶を正式に採用しようという話が出るくらい、 高耶はこの集落になくてはならない人間になっていた。 あれほど苦手にしていた人の和の中に自分がいる。 人を助けまた助けられることを学んで、自分でも気づかぬうちに、少しずつ心の中の深い根っこの部分が満たされていく。 もう自分を卑下することも、無理に強がる必要もない。 自分の居場所を、自分を受け入れてくれる人たちを見つけたから。 そうして満たされて初めて、少し前の自分を振り返る余裕ができる。 自分の足で立つことにこだわりすぎて、 人の心の機微すら感じ取れぬほど、荒んで擦り切れていた自分のことを。 そうやってその時その時を歯を食いしばって生きていたのだ。 その自分を否定してはいけない。 でも。直江のことだけは。 悔やんでも悔やみきれぬ思いがした。 日中が忙しければ忙しいほど、夜の静寂は沁み渡る。 雨戸をあけ庭先に出て、今夜も高耶は満天の夜空を見上げた。 月の満ち欠け星座の移ろいに、束の間、意識をゆだねて無心になれば (高耶さん…) いつものように直江の声が響く。 そう呼ばれるのがどれほど好きだったか。やわらかいその口調にどれだけ安らいだか。 無くしてから気がついた。 出逢った最初から、自分がどれだけ直江に心惹かれていたかを。 (好きだったんだ。ずっと。おまえのことが) ずっと目を逸らしていた。認めたくはなかった。 あまりにも不釣合いな互いの境遇が、高耶自身の心に枷を掛けていた。 この恋が成就することはありえない。ならばいっそ慕う心ごと押し殺してしまおう。 その方がきっと痛みは少なくてすむはずだからと。 (信じてなかった。自分も、おまえも) もともと霞むような一面の星空が、今は本当に白くぼやけて滲んで見えた。 |