片恋
―12―




その夜、直江の夢を見た。

…知っていましたよ、と。
夢の中で、直江は高耶に打ち明ける。いつもと変らぬ穏やかさで。すこし小首を傾げながら。
あなたは愛され方を知らないうちに親からはぐれた仔猫のようで。いつも毛を逆立てて周囲を威嚇していた。
包んでも包んでも私はあなたに温もりを与えることができなかった。
それを、椌木さんたちはいとも簡単にしてのけたんです。 暴れる仔猫をひょいと掴んで直接懐であっためるみたいにして。
悔しいけれど、それも当然だったかもしれませんね。 私はいつかあなたに恋人として認めてほしかったのだし、あなたが本当に望む愛情は、もっと切実で根本的なものだったんですから。
あの人たちに出逢って心の洞を埋めて、やっとあなたは自分に正直になってくれた……。 私を好きだと言ってくれた。
すぐにでもあなたを迎えに行きますから。
お願いだから、少しだけ、待っていて……。

ふわりと抱きしめられた、気がした。


夢の余韻を手放し難くて、意識が覚醒した後もしばらく高耶は動けなかった。
あれは幻。願望が滲み出た自分にだけ都合のいい夢。
そう言い聞かせて、暗闇の中、自らの肩を抱く。
直江が迎えに来るなんてありえない。 だって、自分は直江を裏切ったんだから。
その証の札束は、今もひっそり荷物の中に紛れている。

あの日、目の前に積まれたあの金は学資金なんかじゃなく手切れ金だった。
高耶の意思も直江の意思も関係なく、高耶が裏切ったという既成事実を直江に突きつけるためにだけ、用意された小道具だ。
その思惑を知りながら、高耶はそれを呑んだ。
渡されたお金を持って姿を消すことで、結局金目当て欲得ずくの付き合いだったのだと直江が納得してくれさえすれば。 そうして自分に見切りをつけ、彼の世界に戻ってくれるなら。
恨みも侮蔑も、甘んじて受けるつもりでいた。

ひょっとしたら、自分の所為で一時男は傷つくかもしれない。
けれど、時間がそれを癒すだろう。時間と彼に約束されている幸せな家庭が。
そうして、いつか、ほろ苦い笑い話にするだろう。それとも、全てを忘れるかもしれない。 忘れてすべてなかったことにして、真っ当な人生を歩んでいくだろう。
そのほうがずっといい。 自分たちは、もう二度と会うことはないのだから。
直江は忘れていい。でも、自分は憶えているから。
慈しまれた夢のような日々をずっと忘れないから。 だから、裏切るようにして消えたことを、どうか許してほしい。
直江を傷つけた痛みも贖罪も、ずっと自分が背負っていくから―――

凍てつかせていた恋慕の情が溶け出せば、今まで傷ついたことにすら気づかずにいた心もまた脈打つように疼きだす。
その痛みを噛みしめながら、夜が白むまで、 、高耶はまんじりともしなかった。




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高耶さん、直江を見くびりすぎだと思う。



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