片恋
―4―




なんで、オレなんだろう?
なんでオレなんかがいいんだろう?

直江と会うようになって何度となく繰り返し考えた疑問。心の中だけにしまっておけず、つい男にぶつけたことがあった。
その時、直江はにっこり笑ってこう言った。
あなたといるのが楽しいからと。
本当に優しい眼差しで、慈しむ瞳で見つめてくるから。
その琥珀色に吸い込まれそうになって、すんでのところで我に返った。 苦し紛れに口を衝くのは可愛げのない憎まれ口。
『でもさ、それって犬猫可愛がるのと同じ理屈じゃん?しかもオレ、かなり性格悪いし。 それとも、そういうノラを手懐けるとこからはじめんのが楽しいのか?だから毎回奢ってくれんの?』
落とした視線の先には、食べかけのバンズ。
卑下する言葉が止まらない。自分にも、相手にも。こんな台詞は失礼だ、今度こそ呆れられると 自己嫌悪に陥りながら、間を持たせるためにだけポテトをつまんで齧ってみる。冷めて、ぱさぱさになって、脂っこいだけのそれを。 肩肘張るみたいに、それこそふてぶてしい野良猫そのままの仕種で。
それなのに。
『……高耶さん』
と、男は名前を呼ぶのだ。とても柔らかい響きで。困ったみたいに小首傾げて。
『また、来週も待ってますから。お暇があったら会って下さいね』
と、きかん気の子どもをなだめるように。
『会うも何も、ここがオレの時間潰しの定位置なんだから。おまえが来るんだったら顔を合わせるのはしょうがない』
あくまで仏頂面で吐いたこんな暴言でも男は嬉しそうに微笑んで。
『ありがとう。待ってますね』
そう言ってくれた―――

不遜なほど強気でいられたのは、あの時はまだ立場が対等だと思っていたから。 社会的なものはどうあれ、このハンバーガー屋のテーブル越しでは、そういう理屈を通していられた。
でも、同居となったらそうはいかない。お互い、赤の他人を私的な部分に立ち入らせるのだ。遅かれ早かれ微妙な変化はあるだろう、 そうなったら自分が折れるしかないことも、覚悟はしていた。 それも最悪半年の我慢、それすらも無理なら出て行けば済むことだと、腹を括って直江の住居の一室に間借りした高耶だったが。
直江の態度は変らず、 彼と暮らす日々は決して不快なものではなかった。
設備は快適だし、与えられた部屋は申し分ない。 おまけに同居の家主はこれでもかというぐらい親切で。
その気遣いが高耶にとっては逆に重荷だった。
家賃はおろか光熱費も受け取らないから、 せめて家事負担をと掃除や食事の仕度をすれば大感激されたあげくに、山のようなお返しをされる始末。
まさに本末転倒、自分のそれとはかけ離れた男の価値観に、思わずため息がでる。
直江に他意がないのは解っている。彼は自分に、彼なりのやり方で精一杯感謝を表していてくれているだけだ。
でも。
結果的に何もかも直江に頼っているような生活に、次第に追い詰められた気分になるのもまた仕方のないことだった。

借り分が多すぎる。このままではいられない。そんな強迫観念が高耶を追い立てる。
いったい自分は、何を直江に返せるだろう?
煮詰まった頭で思いつくものは、ひとつしかなかった。

直江がお土産にと買ってきたケーキ。とりどりの色彩の中、洋酒のたっぷり沁みたサバランが背中を押してくれた。
唐突に触れ合わせた唇は、ぴりっと甘くてラムの香りがして。 驚かせはしても不愉快にはさせないんじゃないかと、そう思ったから。
高耶からのぎこちないキスに直江は目を瞠り、 次の瞬間には蕩けるような笑みを浮かべて、強く背中を抱き返してきた。
ああ、よかった。直江も、充分その気なんだと、高耶も微笑む。 後はこいつに任せればいいと、彼に全ての主導権を明け渡して。


初めての行為はとんでもなく恥かしくてきつかったけれど、同じぐらい気持ちよかった。
力の抜けた身体を興奮さめやらぬ風の男が抱きしめてくる。
うれしいだの、愛してるだの、もう離さないだの。
熱っぽく囁かれて、頬が緩んだ。
オトコのカラダでもオトコを悦ばせてやれる。 ずいぶんとこちら側に傾いていた天秤をようやく押し戻せたようで、少し気が楽になった。
そうして安堵するとすぐに睡魔がやってくる。
ぴったりくっついている人肌や髪をなでられる感触や囁きかけてくる声が、また信じられないぐらい気持ちよくて。 夢の中でもこれが続けばいいと、 高耶は微笑を浮かべたまま、静かに意識を手放した。




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七転八倒。。。




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