本当にわたあめのような日々だった、と思う。 喧騒の中、誰もが浮き立つ縁日で買ってもらう夜店のそれは、子どもの頃の自分にはまさに夢のお菓子だった。 そして、夢はいつか醒めるものだ。 惜しんで惜しんで大事にしまったあの菓子が、あげく萎んで溶けて砂糖の塊に戻るみたいに。 急な出張なんですよと慌しい直江を見送ったその日の夜、彼の『お兄さん』が訪ねてきた。 直江よりもさらにひと回りも年上の壮年の男性。立派な風采のその人にまずはお茶を出し後は気まずく向き合う中、 単刀直入、弟と別れてくれと頭を下げられた。 ああやっぱりと、そう思った。 いつかはこんな日が来るだろうとは解っていたから。 百歩譲って直江に別れる気がないとしても、あれだけの男を周囲が放っておくわけがない。 身内のこの人たちからみれば、悪い虫のように直江に取り付いている自分の存在はとても容認できるものではないのだろう。 「無礼は承知であなたのことは調べさせていただきました。ご両親を亡くされ、また不運も重なってずいぶんとご苦労をされたらしい。 でも、志を失わない真面目で立派な青年だと、誰に聞いてもそういう答えがかえってきたそうです」 それは買い被りというものだと高耶は思う。自分がそんなに立派なもんじゃないのは自分が一番よく知っているから。 「……あなたの人間性を否定するものではない。実際お目にかかってお人柄がよく解りました。 ……けれど、あなたを迎え入れるわけにはいかない私どもの立場も、どうかお察しいただきたい」 そう言って、そのひとは再び深々と頭を下げた。 つまるところ、直江には縁談が持ち上がっているのだった。 これも解っていたことだと、訥々と続けられる話をぼんやりと聞き流しながら高耶は思う。 出遭った最初の印象でそう思ったはずだ。 綺麗な奥さんや恋人がいて当たり前の男だと。 偶々―――本当に偶然が重なって今此処に自分はいるけど。けれどそれも幕引きにしなきゃならない。 なにより、直江自身がしあわせになるために。 テーブルの上、すっと何かが滑ってきた。羊羹みたいなかっちりした包みだった。 「仰木さんは進学を望んでいるとお聞きしたので―――学資金と当座の生活費です。中に私の名刺が入っています。 保証人が必要な場合にはその名を好きに使ってくれてかまいません。ですから、どうか、これで―――」 言葉を切って、三度、その人は頭を下げた。 見ず知らずの若輩の自分なんかに、こんな立派な人が。それがかえって申し訳ないとさえ、思った。 数日後、携帯が繋がらないことに焦燥を募らせた直江が家に戻った時、高耶の姿はすでになかった。 よそよそしいほどきちんと部屋を片付け、 直江が買い与えたものは全て置き去りに、当初に持ち込んだわずかな身の回り品だけを持って、彼は、直江の前から消えたのだった。
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