片恋
―7―




札束というのはずいぶんちっぽけなものなんだなと、不謹慎な話だが、そのとき思った。
あれほど欲しかった、夢を叶えるのに必要な金。
自力では十年掛けても貯められないような、金。
それが、今、新書を数冊重ねたような四角い小さな包みとなってテーブルに置かれている。
そして、こんな大金を容易く捨て金にしようというこの人も。 やはり、自分とはかけ離れた世界に住む人で、もちろん直江もそうなのだ。
頭で考えて解ったつもりになったのと、現実とではこんなにもギャップがあることも、 目の前の現金はまざまざと高耶に突きつけてくる。

身じろぎもせず俯いていた高耶が、悄然と口にした。
「明日にでも此処を出たいと思います。 直江さんには言葉に尽くせぬほどお世話になりました。どうぞよろしくお伝えください。 でも、このお金は……」
受け取れませんと、押し戻そうとするのを止められた。
「是非とも、受け取っていただきたい」
はっとするほど強く厳しい、命じることに慣れた者の声音だった。 思わず見上げたその人の眼にも、たじろぐほど底冷えのする光があった。
こちらの怯えを悟ったか、すぐに眼差しがやわらいだ。
「あなたを着の身着のまま追い出すような誠意のない真似をしたら、弟はますます依怙地になってしまう。 あれがそうする心積もりでいたことです。代わりに私に用立てさせてください。 そして仰木さんはこれを使ってご自分の未来を拓きご自分の道を進まれる。……それがあなたの意思なら、弟もきっと納得するでしょう。 今すぐは無理でも。でも私は、こうすることが双方にとって最も望ましい将来に繋がると信じています」

細められた目尻のあたりが、直江によく似ていると思った。 柔らかな口調、丁寧な言葉遣いも。 けれど、その口から語られるのは冷徹な強者のロジック。
直江は―――自分にはいつも優しいばかりだったあの男も、いつかはこの人のようになるのだろうか。
きっぱりと言い切ったその人の顔を痴呆のように見つめ続けた。
やがて、その人が視線を逸らし辞去の礼を口にするまで。




なあ、直江、おまえもいつかは―――

一年が過ぎ、直江の住む街から遠く離れた山間の地に身を落ち着けた今も、折に触れて包みを眺めながら、高耶は自問自答を繰り返している。






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行きつ戻りつ
で、次からたぶん日本昔話(^_^;)

たたきだい代わりに水面下でupしてはいたんですが、
それ終わっても目次直すのをまるっと忘れてました
お待ちいただいていた方には本当にごめんなさいm(__)m



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