案内された部屋には、大きなフランス窓があって庭に抜けられるようになっていた。 吹き抜ける微風と揺れるカーテン、ちらちらと踊る陽射し。 その明るく開放的な雰囲気に誘われて窓辺に近づけば、とりどりに咲き乱れる花々と木立の新緑が目に眩い。 しばらく見惚れて佇んでいると背後から声がかかった。 「お気に召しましたか?」 「うん、とても」 「これも気に入ってくださるといいんですが……部屋着代わりにどうかと思って」 そう言って手渡されたのは、光沢の美しい絹地の着物。桜の花の織紋様が浮き出ている生地は、光の加減で淡いピンクにも見える薄墨の色、 角度によっては翠が閃く上質の品でとても部屋着にするような代物ではない。 首を傾げてしまった高耶の困惑に寄り添うように直江が語る。 「不思議な色でしょう?桜で染めたそうです。少し時期外れになってしまったけれど、あなたに着てもらいたい。 いや、正確にはこれを着た高耶さんを私が見たいんです。きっと桜花の精みたいに綺麗でしょうね」 うっとりと微笑むのに、高耶が苦笑する。この男も自分を人形代わりに着せ替えごっこをしたいのかと思ったのだ。 「そりゃ買い被りすぎだと思うけど……でも、直江がそう言うんなら」 着替えてくると続き間へ向う高耶に、直江が言い添えた。 「床はきちんと磨いてありますから。裸足になってもかまいませんよ」 「ほんと?いいの?」 振り向いた高耶が、意表つかれたみたいに直江を見つめる。 「少々行儀が悪くてもあなたと私が黙っていれば誰にもばれません」 人差し指を唇にあて、悪戯っぽいウインクをひとつ。 「ありがとっ!」 弾んだ声でそう言ってぱたぱたと奥に駆け込む様が、束の間、昔の彼に重なって直江の微笑を深くさせた。 しっとりと馴染んだ絹地の感触が肌に吸いつく。 五月の陽気に桜は場違い、けれど襟に重ねた萌葱の彩りがその仕度を新緑の季節に似つかわしいものに変えている。 男の見立てに感心しながら 唆されたとおりに靴を脱ぎ靴下を脱いで素足で床を踏んだ。 磨きこまれた樫材はひやりと冷たく、心地よかった。 果たして今の自分は直江の眼鏡に適うだろうか? 久しぶりの和装にどきどきしながら部屋へと戻る。 そんな高耶を迎えたのは、ふわりと優しい芳香だった。 |