サロメの舞
―4―




目が醒めたのは、同じ長椅子の上だった。
一度は確かに脱ぎ捨てたはずの衣が肩口に掛けられていて、更にもう一枚ふわりとブランケットが重ねられている。 そっと辺りを窺えば、日はとうに傾いているようで、窓は閉められ室内も翳っていた。
(寝ちゃったんだ……)
途中で途切れた記憶をたぐって、思わず高耶は赤面した。

直江が欲しくてたまらなくなって。
寝室でもないこの部屋のこの椅子の上で抱き合った。
明るい陽射しの注ぐ昼日中、しかも窓は開け放されていていつ何時他人に覗かれるかもしれなかったのに、そんなこと気にもならなかった。
ただ直江とひとつに溶け合いたくて。
燻る熱をどうにかしてほしくて、ずいぶんと大胆な真似をした気がする。 そして直江はそれに応えたのだ―――いささか度が過ぎるほどに。
なんともいえない身体のだるさと違和感と節々に残る軋みにそれを思い知らされるけれど、 タガが外れたのはどちらも同じ、お互いさまだったのだろうなと、冷静に高耶は公平の精神を発揮する。
直江だけを責められない。思い返せば自分だって顔から火を噴きそうに恥かしい痴態を曝したにちがいないから――― そうぼんやりしていると、
「気がつきましたか?」
その当人の気配がした。
「……うん」
「お昼を食べ損ねてしまったから。お腹、すいたでしょう。何か運んできましょうか?」
「う〜ん……」
空腹だという自覚はない。けれど、なにか軽くでも口にしたほうがいいのだろう。男の言うとおりなら。
しばらく考えて、お茶ぐらいなら飲めそうだと告げてみる。
それを聞くと、直江はにっこり笑って頷き、いそいそと仕度をしにいった。
いつもと変らぬ穏やかさに、高耶も幸福を噛みしめるように俯いて、そっと羽織り直した衣の襟をかきあわせた。



起き上がれないと訴える高耶のために、床にクロスを広げその上に食べ物の皿を並べた お茶の時間は、まるでままごと遊びのようだった。

こんな格好、絶対他人には見せられないなと、高耶が笑う。雛鳥のように男の手ずから食べさせもらいながら。
絶対他人には見せませんよと、直江も笑う。あなたの世話をするのは私だけの特権だから、とも。
やっぱりお人形扱いだなと口を尖らせながら、でも、本音はちっとも嫌じゃなかった。
この男の優しい眼差しが自分だけに注がれて、自分のためだけにあれこれ心を砕いてくれるのなら。
男の心を独占して其処に棲んでいられるのなら。
このまま閉じ込められてもいいとさえ思う。
意思を持たない人形になって、直江だけを受け入れて、 そして―――


「高耶さん?」
心配そうに名を呼ばれて、あやうい夢想から引き戻された。
「どうしたの?もう、お腹いっぱいですか?」
間近に覗き込んでくる鳶色の美しい瞳、形のよい唇。
その同じ唇が、さっきは卑猥に囁き身体中を隈なくまさぐっていたのだ。
一度その感覚が甦ってしまったら、もう暴走はとまらなかった。
嵌められた足首の環がしゃらりと鳴る。高耶の心に共鳴するみたいに。

それなのに、急に黙り込んだ高耶を前に、まだ心配そうに直江は言う。
「やっぱり身体が辛いんですね。無理をさせてすみませんでした。今日は早く休んで……」
「違う。ほら、それも早く」
見当違いばかりの男に焦れて、直江が手にしたままのサンドイッチを乱暴に齧りとる。
一口、さらにもう一口。
最後には、口の端についたフィリングを拭い取る男の指を捉えて口に含んだ。
咥えた指にねっとりと舌を這わせて甘噛みする。いい加減に解れとばかり、察しの悪い男に挑む視線をくれながら。

はじめ呆然としていた端整な顔に、やがて不敵な笑みが浮んだ。
「……いけない子だ。まだ食べたりなかったの?」
揶揄する声には応えず、黙って見上げてくる黒曜の瞳。
「欲しいのは、この指?それとも……?」
捉えられた指はそのまま、思わせぶりに添えた拇で唇をなぞった。
その感触を、うっとりと瞳細めて高耶が味わう。口腔から静かに引き抜かれていく指が、自身の唾液に塗れて濡れ光っているのを、猫めいたその瞳に映しながら。

その艶めかしさに眩暈がした。

しゃらりと足首の環が鳴り響いて直江の耳を打つ。
もの言わぬ彼に代わって。 知ってるくせに。と。早く連れてけと強請るみたいに。
どちらからともなく身体傾け合って、そうして胸に顔すり寄せた高耶を、直江は、宝物のようにして抱き上げた。





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直江、一服盛ったんじゃね???
思わず疑いたくなるような高耶さん発情編(爆)



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