眠れぬ夜のお伽
―二夜―




堅固な鎖は望めなくても、やんわりと絡みつく蜘蛛の糸ならば男にも紡ぐことができる。
彼の歓心を引くために用意したこまごまとした品々。
特別に注文し、誂えさせた砂糖菓子もそのひとつだった。

花の香りのする酒を、彼は好んだ。
とろりとあまく口当りがよく、そのくせかなりきつい火の酒を、制止も聞かずに幾らでもあけてしまう。下心のある身にはむしろ悦ばしいことだと、鷹揚に構えていられたのは初めだけ。
そのまま正体をなくし三日も昏睡されたのに懲りて、男はさらに一計を案じた。
その酒を、扱いやすいよう度を過ごさぬよう、風味を生かした砂糖菓子に仕立てたのだ。

「……いかがですか?」
掌に載せて差し出される半透明の白い小さな菓子を、彼は胡散臭げに見遣り、鼻を近づけてふんふんと匂いを嗅ぐ。その香りに惹かれてぱくりと食べる。こういう菓子は初めて口にするのだろう。 含んだとたんにシャリシャリとはかなく崩れる食感に、彼の目が丸くなる。舌に広がるあまみと芳香に、驚愕は見る間に満面の笑みに変わった。
こんなふうに彼が素直に表情を貌に出すのはとても珍しかったから、男はその天真な笑顔に釘付けになる。
もっと。
そんな顔で催促してくる彼に再び手ずから菓子を差し出す。一粒また一粒と頬ばるたびに肌を掠める彼の息と舌先が、男にとっては無上の喜びだった。

生酒を飲むのとは違う、緩やかな摂取の仕方が、彼の変化を解りやすくした。
体内に取り込んだアルコールは微々たるもの。 なのに、とろりと彼の瞳が潤んでくる。
身体を支えきれないようにクッションの上に倒れこむ。普段なら、決して無防備に晒さない腹部を露わにして仰向けに。 しどけなく脚を崩し、誘っているとしか思えない仕種で。
またたびに酔った猫のようにとろけている。どうやら独特の香の成分が、劇的なある種の効果を彼に及ぼしているらしい。
思惑を超えて舞い込んだ幸運に、男は瞠目した。

誇り高い野生の獣が娼婦に堕ちる。ちっぽけな菓子ひとつのために。すでに知っている彼の弱点とあわせれば、餌付けをして調教して思いのままに扱える。諾々と身体を開く従順な愛玩具に仕込むことも出来るだろう。
これは彼を手に入れる有効な手段。彼を絡めとる鎖になり得る。
―――心の奥からの囁きは、目の眩むような誘惑だった。

媚薬に浮かされた彼を嬉々として抱く。持て余す熱を散らしてやるために。
昂ぶる身体を薔薇色に染めて彼が達し、彼の肉に包まれて男もまた解放を果たす。
ひとつに繋がり、彼の内部を自分の色に染め上げる。
溶け合う。ひととき、肉の器だけが。

それでも。
彼の腕は決して男を抱きしめることなく、深い色の瞳に感情がよぎることもなく、ただ己自身の快楽の淵に沈む。
男の心から望むものを何ひとつ与えずに。

ほどなく男もその虚しさに気がついた。そして、悟る。
結局は愚直なほどに誠意を持って彼に仕えるしか、想いを遂げる道はないのだと。

たまさかに、褒美を掠め取ることだけは許してもらう。
たとえば、命を削る思いをして彼のもとに帰り着いた今日のような夜は―――





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あれれ?終わらない・・・(苦笑)
獣な高耶さん、まだ続きます。もう少しだけお付き合いくださいm(__)m




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