眠れぬ夜のお伽
―三夜―




湯上がりの彼を恭しくソファに運ぶ。
丁寧に梳いた黒髪にドライヤーの風を当てる。 手触りのいい髪はやがてふんわりと乾き、その感触を惜しむように男は手ぐしで整えた。
その彼はぺたりと男の膝に懐き、気持ちよさそうに眼を閉じていて、いまにも眠ってしまいそうだ。そのまま寝かせてやるわけにはいかなかったから、彼の興味を引くために、男はこずるく手管を弄する。
「少しだけ待っていて……」
そう言い置いて、人肌に温めたミルクを持って戻る。
これも彼の大好物。だが、男のいない間は欲しくても口には出来なかったもの。
カップを見ただけで中身が解るのだろう。それまで背もたれに預けていた背筋がぴんと伸びて、ぱあっと表情が輝いた。
焦らないように諭す声も耳に届いているのかどうか、渡されるマグを不器用そうに両手でしっかり捉えると、顔を埋めるようにしてこくこくと飲み始めた。
幼子のような仕種を、目を細めて男が見つめる。ささくれだっていた神経が癒される思いで。こんな彼の守人になれるだけでいい……確かにそう思いながらも、やはり肉欲を捨てきれないでいる自分に自嘲する。
口から片時も離さない割には、彼の飲みかたはひどくゆっくりしたもので、カップが水平になり中の液体が干されるまではずいぶんと時間が掛かった。 その時間の間だけ男は逡巡を繰り返し、やがて、彼からカップを受け取りながら囲い込むように腕を伸ばした。
満足そうなその顔に頬ずりをする。
窮屈そうに身じろぎしながらそれでも嫌がらない様子に気をよくして、ご褒美とばかりその口にいつものボンボンを押し込んでやる。
たちまち噛み砕き、次を欲しがる彼の注意を充分手許に引きつけてから、おもむろに二つ目のその菓子を自分の口に運んで軽く歯に挟んでみせた。
横取りされた好物を取り返そうと彼が顔を近づける。
噛み付く勢いで唇に触れる。
が、砂糖菓子がすでに男の口中に収まってしまったのに気づくと、唇をこじあけ歯列を割って舌を差し入れてきた。溶けて崩れたシロップを唾液ごと貪り、吸い上げて嚥下する。親の嘴に顔を突っ込み餌をせがむ雛鳥そのままに。
そう、彼にとっては給餌そのもの。ほかに意味はない。
それでも、男は、彼から与えられる能動的な口づけに酔いしれる。
口腔内を隈なく舐めまわして、甘味がなくなれば、まやかしのキスはそれで終り。
離れようとする彼を引き止めるように、さらに一粒口に含む。
今度は砂糖の衣が溶け出さないうちに器用に彼の唇へと移してやった。

あまい戯れは際限がなく。
やがて、彼は、くったりと菓子に酔う。

彼には自らを慰めるような衝動はない。
それでも数日を経た若い身体には確実に熱が滾っていて。
男の手の下でみるみる身体がほどけていく。
扱くリズムにあわせて息遣いが荒くなる。時折、意地悪く手を休めて様子を窺うと、悪びれもせず自分から腰を揺らして続きを求める。
奔放に自身の快楽だけを追いかける。
傲慢なその貌は同時に息を飲むほど蠱惑的で。
男は僕であることを甘んじて受け入れ、更なる奉仕を施した。

ほどなく、漣のような痙攣とともに彼が達した。
迸った飛沫は点々と彼の身体に筋を残し、顔にまで届いている。
とろりと流れ出すその感触に反応してか、喘いでいた唇から赤い舌先が伸びて流れ伝ってきたものをすくいとった。
己の放った体液を躊躇いもなく口にする。猫なら当たり前の身づくろいでも、人のかたちの彼にされたのではたまらない。
見るからに背徳めいた淫靡な行為に急かされて、男は下腹に飛び散っている彼のものを夢中で啜る。

彼の生み出した白濁はかすかに花の香がした。
この世に神酒ネクタルというものが存在するなら、まさしくこれを指すのだろう。そう思った。

逸る気持ちのまま身体を裏返し、自分を受け入れてくれる場所を露わにする。
まだ固くつぼんだ窄りに、躊躇うことなく唇を寄せた。ぴちゃぴちゃと音をたてて舐めあげる。彼の体臭が極上の媚香のように鼻に薫った。
唾液に濡れた指で強引に蕾をほぐす。突き入れられる感触にやはり違和感はあるのだろう、逃げだしたいように腰が揺れる。 だが、それももう猛った男には誘いにしか映らない。両手で腰を抱え込み、性急に押し入った。

何処までも鋭い、痛みとない交ぜの喜悦に、彼が絶叫した。



獣の時間がゆるりと流れる。
人の形をした獣の彼と、人でありながら獣に堕した男と。


永遠と思えるような交合の果てに、白みかけた意識に不意にひとつの名前が浮んだ。

―――高耶たかやと。
それは神の啓示に等しかった。





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無理矢理名前だしました…(苦笑)
高耶さんじゃない高耶さんはすんごく書きにくい…と今頃反省。
次回ようやく辻褄合わせのラストです。たぶん。ようやく高耶さんしゃべります…うれしい…(涙)




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