「あなたをこれからずっと独り占めするには、いったい幾ら支払えばいいんでしょうね」 独白めいた呟きに、彼は応えない。 二人分の体液で汚れた下腹を丁寧に舌で舐めとり清めていく。 強要したわけではなく、彼自らが動いたのだ。そこまでするのが自分の務めであるみたいに、濃やかに淡々と。 確かに伽は初めてだったろう。けれど、彼の感度のよさ、機微を察する勘のよさは、きっと彼自身に備わった天性のもの。 一夜限りで手放すなんて、とんでもない。 なんとしても彼をこの手に留めたかった。 「明日も逢えませんか?同じ時間、同じ金額で」 風呂を遣って身支度を整えた彼に約束の報酬を渡しながら、申し出た。 「できたら明日だけじゃなく、明後日も明々後日も、この先ずっと」 枚数を確認しようとしていた彼の視線が、驚いたようにすっとあがる。それを捉えて畳み掛けた。 「今日で終わりにしたくない。あなたのことをもっと知りたいんです」 しばらく無言で、やがて彼は、ため息吐くみたいに小さく笑った。 「……そうだよな。あんた、お優しくて最後まではシなかったもんな。いいぜ。また明日。 次こそ自分のお楽しみを優先させてくれ。でなきゃ、この金だって満額で受け取るわけにはいかなくなる」 ……本当は今バックしなきゃいけないんだろうけど、でも……。 最後は返答でさえなく、心の中の自問自答がそのまま洩れ出てしまったような呟きだった。 言葉とうらはら、躊躇いながらも渡された金を大事に財布に仕舞い込むその仕種に、ある考えが閃いた。 「もしかしたら、まとまったお金が必要ですか?その十万は手付けか何かのため?」 瞬間、ぎくりと身を強張らせる、怯えたようなその表情がなにより雄弁な答えだった。 そして、直江も。 最初に感じた彼の印象とその後の行動の落差に、ようやく合点がいったのだった。 彼は、どうしても金を作る必要があったのだ。自暴自棄に身を売るほどに切羽詰った状況で。 なんだかとても痛ましい。同時に、千載一遇の好機が転がり込んできたと思った。 「幾らなんです?」 端的に問い掛ける。重くも軽くもない事務的な口調で。あからさまな感情を載せず、気まぐれな猫に触れるときみたいに。 「……五百万」 また暫くの沈黙のあとに、ぼそりと彼が呟いた。 「正直、作るアテなんかない。でも利息だけでもなんとかしないと、かなり、ヤバイ……」 だから、この十万は見逃してくれと、彼はそんな気持ちで打ち明けたのかもしれない。 たったひと月かそこら、息をつくために。すぐに次の返済日はやってくるだろうに。 そうしたら、また彼は……。 想像するだけでたまらなかった。そんな真似は断じてさせない。 「私が用立てますよ。五百万。もちろんタダじゃない。あなたを半年間私が買い切る……。その条件でいかがです?」 彼は、ぽかんと口を開けて、こちらを見た。 驚愕と、疑念と、突然拓けた微かな希望。 様々な感情がその貌を過ぎっていって、おそるおそるといった風情で念押ししてきた。 「本気?」 「もちろん」 「ほんとにホント?……その、オレがあんたのものになるだけで、そんな大金貸してくれるのか?」 「貸すんじゃない。あなたを手に入れるための正当な対価としてあなたに支払うんです。 あなたさえ、うんと言ってくれればの話ですが」 彼の瞳が昏く翳る。やはり途方もない話だと信じきれずにいるのだろう。 「すぐに決めろとは言いません。でも、そうですね。 私の本気の証として、明日お金は用意してきます。返事はそのときでいい。 もちろん嫌だったらすっぼかしてくれてかまいませんよ。私が道化になるだけのことだ」 彼を追い詰めすぎないよう、一歩、引く。 案の定、彼は意を決したように自ら距離をつめた。 「そんなの!断るわけないじゃん。要はさっきまでみたいなこと、半年ヤればいいんだろ?それでいいなら――っ」 いきり立つ彼の言葉を人差し指でやわらかく遮った。 「でも、忘れないで。最初にあなたが言ったんですよ。『なんでもする。何でも聞く。絶対泣き言は言わない』って。 その約束、半年間も続けていける?」 親切ごかしに翻意を促し、その実彼の退路を絶つ。彼の心に自ら鎖でがんじがらめに縛らせる。 しばらく考えを巡らせ重々しく頷いて、そうして、彼はこの手に落ちた。 |