三日ぶりの自分の部屋は少し空気が澱んでいて、それでも懐かしい匂いがした。
わずかばかりの荷物を放り出し片隅に畳んであった布団を伸ばして、そのままごろりと横になる。 安普請の六畳間、湿っぽい感じのする薄い布団。直江の寝室とは雲泥の差だけれど、 でも此処は紛れもなく自分の塒、自分の城だ。 帰ってきたのだ。自分の居場所へ。安堵とも虚脱ともつかぬ思いで、高耶は深い息を吐く。 無骨な蛍光灯のぶら下がる馴染んだ天井を見上げれば、ここ三日ばかりの出来事がまるで夢のようだった。 「…………告白、されたんだよな」 かなり乱暴で変則的ではあったけど。 そうせずにはいられないほど、直江は煮詰まっていた、らしい。 そこまでの恋情を秘めていたとは気づかなかった。 「……だって、普通、思わないよな」 見てくれも性格も完璧すぎるほどいい男が、なんのとりえもない男の自分に一目惚れしてたなんて、どう考えたってありえない。 ただの知り合いとしてだって似つかわしくない気がしてて、おっかなびっくりだったのに。 「……末っ子だったって言うから」 歳下の誰かをあまやかしてみたかったという言い分に、すとんと納得してしまった。 「まさかそんな下心があったなんて、誰も思わねーよ……」 純情を気取るつもりはないし恋愛経験がほとんどないのも事実だけど、 だからこそ、運命の相手、愛とか恋とかの熱烈な激情は異性に向くものだと思いこんでいた。 バカみたいだけど、本当に疑いもしなかったのだ。直江が自分のことをその対象としてみていたなんて。 この身に直接思い知らされるまで。 つかず離れずの距離で、このままずっといられるのだと思っていた。 思い描く将来はまだ漠然としてあやふやなままだけど、たとえ遠く離れたとしても、互いに家庭を持ったとしても、 逢いさえすれば時間も距離もあっさり超えて楽しかった日々に戻れる、 そんな、幼なじみか従兄弟みたいな関係が、この先ずっと続くのだと。 そう信じこませたのは、直江だ。 あの男があんなに優しく包み込んでくれるから。 自分に縁はなかったけれどもしも年嵩の兄貴がいたらこんな感じだったろうかと思うような理想の庇護者を演じていたから。 次第に遠慮をなくしていって甘やかされる心地よさにどっぷり浸ってしまった。生意気盛りの子どもに返ったみたいに。 直江にだったら何でも言える気がして。的確な助言や慰めが返ってくることを期待して。 つい口を滑らして、揚げ句、地雷を踏みつけた。 あの夜のことを思い返せば叫びだしたいような衝動に駆られるし、水に流すことなどできそうにないけれど、 直江の抱えた鬱屈を知った今なら、男として、少しはあの豹変を察することもできる。 傍若無人な自分に絶望して苛立ってすべてをぶち壊したくなって。 あの瞬間、直江は臨界を超えたのだ。そして理性をかなぐり捨て、刹那の欲望に身を委ねた。 目元を片腕で覆い、口の端をゆがめて高耶は苦く笑う。 まったく、どっちもどっちの大莫迦者だ。その莫迦さ加減だけをみるのなら、案外似合いじゃないかと思うほど。 突然暗くなった視界には丸い蛍光管の残像が幾つも重なって見えて、それがますます暗澹とした気分に拍車をかけた。 |