失いたくないと、痛切に湧き上がったあの思いはいったいなんだったんだろう? 寝込んだ間に溜まった雑事を黙々とこなして日々を送りながら、時折、高耶は自問する。 こうして日常に戻り普段のペースで過ごしてみれば、ぬくぬくと抱え込まれた時間はもちろん、 直江に抱いた激情さえが拠りどころなく中空に浮かぶ蜃気楼のようだった。 あれは一時の気の迷い。直江に翻弄され引きずられて作った架空の楼閣。 その証拠に彼の許を離れてしまえば、現実から切り離されでもしたようにこんなにも脆くてあやうい。 所詮、彼に抱く感情はその程度のものなのだろうか。 彼が得がたい友人であったのは確かだけれど、 直江の真意を知った今でも変わらず付き合えるかどうか、高耶はまだ答えを見つけられずにいた。 だって、直江は同性だ。 偏見を持つつもりはないが、やはり世間を憚ってしまうようなこんな関係がわが身に降りかかるとは思っても見なかった。 ましてや自分は――― された行為を思い起こして高耶は顔を赤らめた。 年齢や体格から考えても自分が抱かれる立場なのは明白で。 それを諾と受け入れるのは、男として育ってきた身にとってかなり複雑なことだった。 それに―――と、今度は顔を曇らせる。 組み敷かれたときの恐怖を身体はまだ覚えている。 どんなにあがいても歯向かっても、のしかかる直江の上体はびくともしなかった。 いつも一歩引いて自分を立てていてくれた穏やかなこの男がその気になれば高耶を抑えこむことなど簡単なのだと、 こんなにも歴然とした膂力の差があるのだと、あのとき思い知らされた。 急に直江が怖くなった。 今までじゃれてあっていた優しい遊び相手が得体の知れない化け物になったようで。 思えば最初から解っていたこと。なのに彼の柔和な態度に絆されてつい失念しまった事実を最悪の形で突きつけられて、 今更彼に怯える自分にも腹が立った。 直江といる限りこのもやもやは振り払えない。 そして結局話は振り出しに戻るのだ。 もう直江とは関わらないほうがいいのではないだろうかと。 直江は、こうなることを予測していたのだろうと思う。 だからこそ辞するときにあんな不安げな顔をしたのだ。 それでも、彼は何も言わなかった。帰るなとも、帰さないとも。 次の約束を取り付けることさえしなかった。 それが直江の誠意であり、思いやりなのかも知れなかった。 |