そうこうするうちに週末がやってきた。 ふたりの間がこじれる火種にもなったコンパは、身構えていた高耶が拍子抜けするほど、 明るく開放的な雰囲気だった。 数人いる女の子も含めて集まった面々は学内の噂に興じたり講義やレポートへの対策を交換しあい、 運ばれた料理をつつき陽気にグラスを重ねている。色気よりは食い気優先といった風情で そこには直江の危惧したような媚びるしぐさも誘う視線もない。 (よけいな心配しやがって。あのバカヤロー) 心の中で思い切り毒づくとあとはきっぱり直江のことを頭から追いやって、高耶もその輪の中に加わった。 楽しい飲み会だった。 久しぶりに心の澱が晴れる思いがした。 けれど交わす言葉の端々や仲間たちの笑顔に、ふと直江のそれが被ることがある。 あのときあんなことを言った。こんな冗談で笑った。と。 そんな既視が何度か続いて、とうとう高耶は会話から引き少し酔ったふりで壁にもたれた。 グラスを片手に天を仰いでため息をつく。 気の置けない友人たちとわいわい騒ぐのは確かに楽しい。 でもその瞬間にさえ、あの男がでしゃばってくるのはいったいどういうわけだろう? 今は現実に目の前にいる友人たちの方が記憶にある直江よりも遠く現実離れしてみえた。 こんな風に振り回されるのはきっと直江と顔を合わせていないせいだ。 部屋に戻って高耶は思う。 友人たちと会ってひと時気晴らしはできた。 同時に、思う以上に自分の中に直江が染みついていることもことも解った。 ならば、このままいつまでもうじうじ考えるよりはいっそ会ったほうがよくはないか。 しばらく向こうからの連絡は絶えていて、こちらから電話をするのもなにかやりにくいけれど、 でも、あと数日待てば雑誌の発売日がやってくる。 直江が来るにせよこないにせよ、とにかくそれが口実にはなるかもしれない。 それが待ち遠しいような恐ろしいような複雑な思いで、高耶は壁にかかるカレンダーを眺めていた。 数日後、ふたりは出会いをなぞるように同じレストランのテーブルで相対していた。 発売日当日に直江はやってこなかった。仕方なくといったふうを装って高耶は直江にメールを入れた。 いつもの雑誌はもう別の書店で買ったのか?と。 すぐに返事が来て、次の高耶のバイト上がりの待ち合わせが決まったのだった。 「ありがとう。高耶さん。……実はずいぶん迷っていたんです。のこのこ顔を出してあなたに怒鳴られたらどうしようと」 袋を愛しむように撫でながら直江が言う。記憶にあるのと同じ微笑みで。ただ少しはにかむように眉根を 寄せて。 「客の選り好みはしてらるねーし。オレのせいでお得意が減るのも困るし」 視線を合わせず俯く高耶がぼそぼそ呟いた。 直江の顔を見るのが照れくさかったのだが、伏せた目線の先には直江の手があって。 今度はその指先から目を離せずにどぎまぎしている。 「でもよかった。あなたとこうしてまたと会うことがかなってうれしいです」 衒いない台詞に、高耶はますます赤くなった。 話の接ぎ穂もなにもない。 本当はもう一度きっちり釘を刺しておきたかったけれど口にするのも難しい。なにより自分が言い出すまでもなく直江はこちらの思いを察しているんじゃないかと、そんな気がして。 高耶はようやく顔を上げメニュウをとんと指差して、言った。 「パシリの謝礼代わりに今日は思いっきりたかるけど。かまわないよな?」 「もちろん」 今度こそ直江は満面の笑顔で頷いて、いかにも高耶らしい和解の申し出を受け入れた。 |