また、友達づきあいが始まった。 もちろんまったく同じというわけにはいかず、高耶の態度は時々不自然に頑なだったり攻撃的なまでに居丈高になったりした。 まだ立ち位置を測りかねているのだ 。直江が不用意に距離を詰め彼を傷つけてしまったから。 問答無用に切り捨てられて当然の真似をしたのに、まだ彼は自分を見捨てず、なんとか修復しようとしてくれている。 態度に表れる心の揺れは、彼が傷を癒そうとする何よりの証拠。 だから、黙ってそれを受け入れていつまででも待つつもりでいた。 穏やかな凪のような数ヶ月。 けれど、そんな健全で優しい関係にピリオドを打ったのは、結局、高耶の方だった。 思い出すのも嫌だろうと、高耶を自宅に連れ込むのは、ずっと遠慮していた。 けれど、食事の帰り、彼は唐突に部屋に行くと言い出した。 彼の意図が読めなかった。内心の動揺と期待と不安とを押し隠して彼を部屋に招きいれ、椅子を勧めて、お茶を淹れるためにキッチンに立った。 席をはずしていたのは十分足らず。盆を手にリビングに戻った時も、高耶はまだ寛ごうとはせず、他人行儀に突っ立ったままぼんやりと室内を眺め渡していた。 直江の気配に気づいて振り返ると泣き笑いのような笑みを浮かべる。 「ずいぶんと久しぶりの気がするけど。全然変わってないんだな」 「ええ」 盆ごと茶器をテーブルに置いて、間を稼ぐ。 「あそこで」 唇を湿らし、ぽつりと高耶が言葉を紡ぐ。ソファの一画を指差しながら。 「はじめておまえにキスされた」 「……」 「男だったし、吃驚したけど、嫌じゃなかった」 「………」 「その後も。少し度が過ぎた悪ふざけかと思ってた。教えるって言ったお前の言葉まだ信じてたから。笑っちゃうよな。お人よし過ぎてさ」 「高耶さん!」 苦々しい自嘲の響きに、思わず声を荒げて遮った。 自分が断罪されるならまだしも、彼までが自棄になるのがたまらなかった。 が、独白めいた高耶の言葉はとまらない。 「本当に莫迦な子どもで……、ただおまえに甘えるだけで。煮詰まってたおまえの気持ちに全然気づかなかった」 そうして、真っ直ぐに直江を見つめる。 こんなときでもその瞳は吸い込まれるように強くて美しくて。初めて出遭った時と同じに直江は声を失う。 「おまえのこと、嫌いじゃないのにずっと拘ってた。そこだけ忘れていいとこ取りしようと思ったけどやっぱりそれも無理みたいだ。だから」 口を噤み俯く高耶に、別れを切り出されるかと覚悟した。 「無理やりなんかじゃなくて。納得ずくで。もう一度、ここからやり直せないか?」 続いた言葉の意外さに耳を疑った。 空耳かと、まじまじと見つめる高耶は消え入りたそうな風情でまだ俯いている。もう一度訊き返したら、たぶん彼は羞恥のあまりに逃げ出してしまうんじゃないか? だから、半信半疑でそっと彼に近づき、ゆったりと腕に囲った。 おずおずと背中に回された手がぎゅっと抱き返してくれる、その仕草が彼の答え。 「ありがとう……ありがとう。高耶さん」 湧き上がる歓喜に満たされながら、直江は、初めて恋人としてのキスを高耶と交わした。 最愛の人と心を通わせこうしてこの手に抱きしめている。 それだけで天にも昇る心地がしたけれど、高耶が求めるのは記憶を塗り替えるための直截な交わり。その元凶である自分は彼の意に従うだけだ。 ようやく想いの通じあった宝物のような彼を泣かせたくはなかったから、直江の求愛はずいぶんと時間を掛けたものになった。 「おまえ…しつこい……」 息も絶え絶えの高耶に、そう、涙目で詰られるほど。 「すみません。でも……」 肉を裂く痛みを再び味わわせるわけにはいかないのだ。直江はなだめるように高耶の目じりを舐めあげ気を逸らすと、忍ばせていた指をゆっくりと蠢かした。 「あぁっ!」 もう彼は感じる声を殺さない。縋りつく力の強さで陥る悦楽を伝えてくる。 くちゅりと響く水音も。 奥処が解れる濡れた音にも居たたまれないほどの羞恥に駆られているだろうに、制止の声はあげない。 以前と変わらず初々しくて、それでいて妖艶で。誰よりも潔い人だ。 何度も名前を呼んだ。 眉根が寄って、ひょっとしたら彼が辛いんじゃないかと思えるときに。 そのたび高耶は薄目を開けて首を振る。行為の続きを促すみたいに。 その気丈さにまた胸打たれた。 固く窄んだ入口も愛撫を繰り返すうちに柔らかく綻びだす。そうなったのを見極めてはじめて、彼と身体を繋げた。 逆しまに異物の押し入る衝撃は、やはり相当な違和感を彼に与えてしまったようだけど、痛くはないから平気だと、かすれた声で告げる高耶がたまらなく愛しかった。 馴染むのを待っておもむろに揺らめかせる。 「あああっ!」 とたんにあがる艶やかな嬌声が、彼の言葉が嘘ではないのを教えてくれて、ふたり一緒に高みに昇り、そして果てた。 もう、死んでもいいと思うぐらいの、幸せな夜だった。 |