恋情
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こちらは会いたいばかりだったけれど。
高耶にしてみればむしろ当惑の気持ちの方が大きかったのではないだろうか。
なにしろ一度でも拒絶されたらそれで終ってしまう関係なのだ。 不審を抱かれぬよう、逸る気持ちを抑え細心の注意を払って彼との距離を詰めた。
雑誌を買い話題の書籍を買い、時には、仕事で必要な専門書を取り寄せてもらう。
そうして少しずつ自分という人間の情報を開示する。 回を重ねるごとに彼の応対が柔らかくなってきて、二言三言、言葉を交わす。 レジに近づく自分を認めたときの彼の顔が、一瞬嬉しげに輝くことや、会計の間のわずかな世間話を 切り上げねばならないときの残念そうな表情を見て、ようやく彼を二度目のお茶に誘えた。

材料が豊富になったせいだろう、 最初の時よりよほど弾んだ会話だった。
購入した本についての感想や意見などあたりさわりのない話題から、個人的な話まで。
彼の出身地や通う大学のこと、専攻する学科のこと。 だから直江が、その分野では著名な学者が執筆した本を 注文したことに興味をそそられたのだと訥々と彼が続けて、 予想もしなかった彼との接点に、思わず顔がほころんだ。
資料としてどうしても読みたかったのだと直江が勤め先の名刺を差し出すと、彼は眩しそうな目をしてその紙片を押し頂いた。
偶然にも直江の勤めるその会社は、まだ学生の高耶にとっても憬れの職種らしかった。


社会人であるのと、もちろん彼よりだいぶ年上なのと。 目上として扱ってくれているのだろう、最初のうち、彼は、自分に対し、世間話をする時にも敬語を崩さなかった。
それでも時々、なにかの拍子に素の言葉に戻ったりする。 熱心に話し込んでいて思わず同意を求める時や、感極まって嘆声を発する時に。
次の瞬間には彼はしまったとばかり唇を噛み、わずかに頬を赤らめる様子がまた新鮮で。
真っ直ぐで潔いだけでなくこんなにも表情の豊かな人だったのだと、改めて、惹きつけられる思いだった。

無理することはないんですよ、と、何度も繰り返した。 年こそ上だけど普通の友人として扱ってくれればいいと。
だからそれがすでに無理なんだって、と、そのたび高耶も言い返す。 困ったように笑いながら。
こんなカッコいい大人の男性がトモダチだなんて、 あり得ない、非現実的と、そう言い張っていた彼も、 回を重ねるうちに、やがてぽろりと男の名を呼び捨てるようになる。
直江、と。
うっかり間違えたふりで、ほんのり目元を染めながら。 目当てのものに用心しいしい近づいて爪先だけでちょんと引掻く猫みたいに。
だから直江も眦を緩めてやわらかく問い返す。
はい。なんでしょう?と。
その一見乱暴な呼びかけがちっとも不快ではないこと。むしろ好ましく思っていることを、彼に知らせるために。
いや、その、なんだ…。別にたいしたことじゃないから。
慌てたようにそっぽを向く、その仕草までもがいつも同じ。
散々こちらの反応を窺って確かめて安心して。 ようやく彼が構えを解いてくれたのは何時からだったろう。
もちろんこうして彼から距離を縮めようとしていること自体、 痺れるような陶酔を覚えたけれど。 いったん垣根を取っ払った後の彼は、驚くほど素直に感情を曝してくれた。

海へのドライブに連れ出して美味しいものを楽しんだり。
好みの映画を相伴したり。 時には、自宅に招き入れたり。
はにかみながら、時には散財ぶりに文句をつけながら、 それでも彼はこちらの誘いを断らず、できるだけの都合をつけてくれる。
彼のどの友達よりも自分が優先されているひそやかな優越。 ひょっとしたらこのままずっと彼の一番でいられるかもしれないと夢想する、ささやかな幸福。
彼の傍に寄り添い彼が楽しげに笑うたび、徐々に願望は増大していく。 いつかは彼に想いを打ち明け、受け入れられる日が来るかもしれないと。


そうして、或る日、爛漫の笑顔で彼は言ったのだ。
自分でいいのかとしつこいほど念を押して、半分だけのこちらの本音を引き出して、軽口を叩いてじゃれあった後に口滑らすみたいにして。
こんな風に年嵩の従兄みたいな存在にずっと憬れていたのだと。

それは、掛け値無しの彼の真実。
たいそう好かれてはいる。 けれど、それ以上には進めない。決して。
心の半分が地獄の淵に叩きつけられた思いがした。



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直江さん視点はムズカシイ。。。(ーー;)
微妙に話の継ぎ目がよれてますね、ごめんなさい



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