変わらずに日々は流れる。 週に一、二度彼に会い、他愛もない話をし、予定があえば週末の一日をまるまる彼と過ごす。 ありがとう楽しかったという彼に満たされながら、同時に御しきれないどろどろした感情が心のうちに降り積もる。 そうして溜まり続けた澱は、彼のなにげない一言をきっかけにして、ある瞬間、一気に表層に溢れ出た。 いつものようにドライブに誘って、それから少し家に寄ってもらった。 彼が読みたがっていた本を渡す口実があったから。 その本を、彼は満面の笑顔で受け取って、それから少し躊躇いがちに付け加えた。 「返すの、再来週でもいいかな?」 「もちろんかまいませんが。来週末はなにか予定が?コンパでも入りましたか?」 あたりさわりのない冗談めかした言葉。 なのに、高耶はますます気まずい表情をする。 「高耶さん?」 「……その、合コン、誘われちまって。そういうの苦手だからずっと逃げてたんだけど、今度は断りきれなかった」 「へえ…」 そう返した自分の声は我ながらずいぶんと平板に聞こえた。 続いて出たのは、蜜を絡めでもしたような甘ったるい猫なで声。まるで腹黒い狼が仔ヤギを謀る時のような。 「……高耶さんは人気者だから。そういう席にでたらきっと女の子たちが放っておかないでしょうね」 「そんなことないって!」 彼の否定は意味を為さない。高耶の魅力を誰より自分は知っているから。 実際、赤くなってぶんぶんと首を振る彼の仕草に今も煽り立てられている。 他人に渡すくらいなら、いっそ奪い取ろうと思うほど。 「本当に?」 心とうらはら穏やかに問い掛ければ、高耶は困ったように眉を寄せた。 「オレ、よくとっつきにくいって言われるし。無愛想だし。女の子となんてうまく話せる自信ないし……。 だから今度もせめて払った会費分ぐらいはがっつり飲み食いして回収しようと思ってんだけど」 「おやまあ、なんて欲のない」 あまりに後ろ向きな発言に思わず苦笑が洩れる。が、その笑いが癇に障ったのだろう、 「仕方ねーだろ?生れて此の方そっち方面には縁がなかったんだから!もてまくってた直江とは違うんだよっ!!」 むきになって噛みついてくる彼が可愛くてたまらなかった。 本当にこの人は真っ白だ。 だったら、なおさら。いっそ、この手で。 他人の手垢がつく前に彼に快楽の手ほどきを施すのは、むしろ正当な権利なのだと。 そう考え始めたら、もう笑いは止まらなかった。 「んじゃ、オレ帰るから。どーもお邪魔さまでした」 くっくっと喉の奥で笑い続ける自分にいよいよ腹を立てたのか、彼は憤然と言い放ち腰をあげようとした。今帰られてはたまらないから、機先を制してこちらが先に席を立った。 「ああ、ちょっとだけ待っていて。すぐですから」 そうして彼を残しさっさと居間を後にする。 どれほど機嫌を損ねていたとしても、主の不在中に勝手に辞去する無礼など彼には出来ない。 ほどなく戻ってみれば、案の定、彼は仏頂面のままソファに座り直していた。 「で、何?」 短く訊かれたから、傍らに滑り込みながら端的に返した。 「これを。お守り代わりにあなたにあげようと思って」 そうして素早く握らされたものを、高耶は、掌を広げまじまじと見つめる。 その表情を余さず見られているのにも気づかずに。 やがて、高耶はごくりと唾を飲み込み、躊躇いがちに視線を上げた。 「直江、これって……」 口ごもる高耶の後を優しい口調で引き取った。 「ひょっとしたらコンパの後に必要になるかもしれないでしょう?持っておいきなさい」 とても綺麗に微笑んで。 高耶の掌にあるのは、キャンディみたいにカラフルな包みが幾つか。可愛らしく個別包装された避妊具だった。 |