恋情
-9-




夢と現と正気の境を飛び越えた直江の行為は、高耶にとっては悪夢そのものだった。

信頼できる人間だと思っていた。
いつも穏やかで優しくて。年下の自分を本当の弟のように見守っていてくれた。
憬れていた。
いつか自分もこんな器の大人になりたいと、密かに目標にしてもいた。
その直江が今は悪鬼のような形相で自分を組み伏せ身体を痛めつけている。 渾身の抵抗も罵声も最後に縋るようにして口にした嘆願も、まるで役には立たなかった。
狂ったように揺さぶられ諦めて眼を閉じたまなうらには、漆黒を背景に赤と晧の閃光がおどろおどろしげに瞬いては消えていく。 それが陵辱されている身体の悲鳴、身を裂かれる痛みのシグナルなのだと解るまで、暫くかかった。

アイシテル。
そう直江は繰り返す。自分に押し入っては引き抜く陽物と同じペースで。
言葉のたびに眼の奥で禍々しい光が踊った。
アイシテル?嘘だ。これはそんなモンじゃない。間断ない痛みに曝されながら考える。
こっちの気持ちを蔑ろにして無体を仕掛けているのだ。むしろ憎まれているようだ。いったい自分の何がこの男の逆鱗に触れたのかは知らないけれど、 きっとそうに違いない。
そうでも思わなければ到底この仕打ちは納得できなかった。

無限に思える苦役の連続。
快楽とは無縁の境地で強制的に射精を促された。 圧し掛かる男が急に動きを止めたかと思うと、ほとんど同時に身体の奥深く熱いものが爆ぜる感覚が伝わった。
それまで感じていた重さがなくなって、高耶は、ようやく男の身体が少し離れたのだと知る。

高耶さん……

名を呼ばれた。今までと同じ、優しい穏やかな声音で。
それを耳にしたとたん、脳内の血が残らず沸騰するかと思った。
冗談じゃない。こんな真似をしておいて、今さら、どの口が同じ調子で名前を呼ぶのか。
これ以上は聞きたくない。なにも。同じ空気を吸うのだって真っ平だ。
湧き上がる怒りが、ダメージの残る身体に瞬発力を与えてくれた。
自由になった脚で蹴り上げるように身体を反転させ、床にあった服を掴み、廊下へと飛び出した。


逃げ込んだ先が風呂場へ続く洗面所だったのは、おそらく鍵のかかる場所を無意識に選び取ったからだろう。
後ろ手にバーを滑らせひとまず隔絶した空間にして安堵すると、高耶は、ドアにもたれたままずるずると座り込んだ。 束の間忘れていた痛みがまたずきずきと疼きだした。

いったいなんでこんなことに?
まだ混乱した頭では考えても考えても合点の行く説明など思い浮かばなかった。

不意に。
異様な感覚を尻のあわいに感じて高耶がぎくりとする。
生温いものが肌をゆっくり伝う感触。注ぎ込まれた男の残滓が流れ出たのだと気づいて高耶の顔が嫌悪に歪む。
見れば自分の身体だって放った精液が点々と飛び散っている。
幸いなことに此処は風呂場だ。目に見える汚れだけでも払拭しようと、のろのろと立ち上がる。
一度緊張の解けた身体は、たったそれだけの動きをするにも大変な努力が必要だった。




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・・・ここからしばらく高耶さん視点で




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