そそけだった貌、幽鬼のような足取りで高耶はバスルームを後にし、新しいシャツとスラックスを身につけて、続き間へのドアを開けた。 室内に、まだ主の気配はない。 皺一つなく整えられた寝台からは目を背けて、 高耶は隅の肘掛け椅子に座り込み、長い息をついた。 あれから湯に浸かってシャボンを泡立て、隅々まで身体を清めた。 散らばる鬱血、子どものようにつるりとした下腹に隠しようのない性器。 あらためて見る自分の身体の変わりようには羞恥よりも滑稽さが先にたって、高耶はくっと乾いた笑いを洩らす。 吐息と大差なかったそれは、すぐにヒステリックなものに変わって、高耶は眦を滲ませたまま咽喉を反らして笑い続けた。 こんな無様で貧相なカラダのいったい何処がよくてあの男は執着するのか。 愛されているはずはないから、嬲ることに快楽をおぼえる性癖なのだろうか。 それとも目論見を台無しにされた腹立ち紛れ、意趣返しなのかもしれない。 考えたところで答えは出ないし、救いがあるわけでもない。 高耶はようやく笑いを収めて目尻を拭う。 確かなのは、自分が男に金で買われた事実だけ。 そして半年間の茶番の末に、昨日になって直江は高耶の使い道を決めたらしい。 ならば。 生島の言うとおり、自分は職分を果たさなければならない。 たとえ、それがどんなに悪趣味な行為であろうと。 そう心を決めて、ここにきた。 それでも、まだ無人の寝室に、ふっと力が抜けたのも事実で。 背もたれに上体を預けるうちに、いつしか、高耶はうとうとと微睡みはじめていた。 帰宅した直江が目にしたのは、そんな高耶の姿だった。 足音を忍ばせて側に近づく。ここまで無防備な寝顔を初めて見た気がした。 普段の高耶ならこんな迂闊な真似はしない。 その彼がつい寝入ってしまうぐらい、身体には相当な負荷が掛かっているということだ。 それを強いたのが他ならぬ自分だということに、直江は重苦しい疼きをおぼえる。 きつい瞳が隠れてしまえば、その顔立ちはまだ幼ささえ残る少年のもの。 ただ愛しいだけなのに――― どうして――― 我知らず抱きすくめようとしたその刹那、黒々とした双眸に射抜かれた。 覚醒と同時に張りつめる神経。 警戒し毛を逆立てて威嚇する野生の視線。 どんな扱いをされようと決して意のままにはならないと、雄弁に彼の心中を語るその眼差し。 すべては一瞬の間。 だからこそ嘘のないあからさまな拒絶を脳裡に叩き返されて、たった今直江の中に芽吹いた優しい感情が、見る間に凍りついていく。 どうして、このひとはこんなにも――― 抱きしめようと伸ばしたその手の先、親指の腹で、するりと高耶の頬を撫でた。 牙剥く彼に誰が主人なのかを思い知らせるように、思わせぶりに。 「私の留守中に居眠りをするとはいい度胸だ。待ちくたびれるほど退屈だった?」 実際うたた寝をしていたのは彼の失態だったから、直江の物柔らかな詰りに高耶は答えるすべを持たない。 ついと視線を逃すのに、追いすがるように髪を梳いた。 「……シャボンの匂いがする。準備は万端のようですね。でもその格好はいただけない。もう一度、これに着替えていらっしゃい」 無造作に片腕にかけていた夜着を彼の目の前に翳す。 傾けた腕からするりと滑り落ちた絹が、生き物のように高耶の膝の上にわだかまった。 こんもりとした赤い山に視線を落とし、すぐに直江を見上げてから頷くと、高耶は夜着を手に無言のまま立ちあがる。 自室に戻ろうとドアを開けた彼の背中に、さらに言った。 「そうそう、下履きは無用ですよ。そんなものを穿かれていたら興醒めで仕方がない。素肌に一枚、それだけを羽織るように。いいですね」 瞬間、彼の歩みが止まった。 すぐにぱたんとドアが閉じられる。その一瞬の躊躇が、返事の代わりだった。
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