少しずつ、彼が壊れていく。 夜毎の悦楽に晒されて彼を覆う矜持の鱗片が一枚、また一枚と剥落するように。 それとも、彼は、あえて自ら壊れていくのだろうか。 喰らわれる運命にある果樹が熟れた果肉で捕食者を誘っても、その深奥、次代に繋ぐ種子だけは固い殻で守るがごとく。 彼は、ぎりぎりまで削ぎとってなお譲れぬ心だけを守り抜く気なのかもしれない。 諾々と直江の言に従い、素直に与えられる快楽に酔い、喜悦に咽ぶ声を隠さなくなっても、 高耶は、決して自ら強請ることをしなかった。 まるでそれが、自身に残された最後の砦であるように。 「今日はね、新しい玩具を用意しましたよ。お気に召してくださるといいんですが」 直江が手にしているのはずしりと重たげな天鷲絨の小袋。中でシャラリと涼やかな音がした。 怯えのまじる高耶の視線を充分にひきつけてから、おもむろに袋の口を緩めてみせる。 ぽとりと落ちたのは、美しく磨かれた翡翠の珠。 男はなおも、袋の口を傾ける。しゃらしゃらとレガートの響きを連ねて珠の翠が寝具の上に散らばった。 直江は典雅な手つきでそのひとつをつまむと、高耶の目の前にかざしてみせる。 親指と人差し指に挟まれた小鳥の卵ほどの貴石は、寝室のほのかな灯火を反射してちかりと艶やかな光沢を放った。 「どうです?とても綺麗でしょう?好きなだけあなたにあげる。欲しいだけ、全部……ね」 ひそやかな笑いとともに意味深に囁かれる言葉。その意味するところは明白で、高耶は声もなく、唇を震わせた。 「ひとつ、ふたつ、みっつ……」 謡うように男が数える。 「よっつ、いつつ……おや、少し先が詰ったようだ。でも、まだまだ余裕でしょう?」 閉ざしきらずに僅かに珠の覗く窄まりに無遠慮な指が押し入っていく。 ひっと喉を引き攣らせて、高耶の背が強張った。 その緊張を解すように掌が背中を撫で、腰骨を掠めて下腹部へと回される。 「ふふ、今、ちょうどイイトコロに届いたんですね。押し込まれて感じちゃった?」 ぐんと嵩の増したものを片手に包み込みながら、残る手は次の翡翠を弄っている。 「……ほら、六つ目が入りますよ。息を吐いてラクにしてて」 優しい口調とは裏腹に、下腹に重い衝撃が走った。 内部の異物が立て続けに前立腺を擦り上げては奥へと詰め込まれていく。 「ななつ……やっつ……」 なおも数を唱える男に、高耶が、小さく訴えた。 「もう、ムリ。許して……」 振り向いて憐れみを乞うてくる瞳に当初の気丈さはみられない。 夜毎に受ける過ぎた行為が確実に彼の精神をすり減らしているのだ。 そのことにほくそえみながら、直江は彼の言葉を繰り返した。 「もう、無理?本当に?」 こくんと彼が頷いた。ひどく子どもじみた仕草で。 「仕方ないですね…。じゃあ、許してあげる。その代わり……」 「……その代わり?」 かぼそい声で彼が再び繰り返す。不安をいっぱいに溶かし込んだ、濡れた瞳を瞬かせて。 ぞくぞくと快感が背筋を走り抜けた。結局、どんな瞳で見つめられても、彼の存在そのものに嗜虐を煽られずにはいられないのだ。 だから、蜜の甘さを装って彼を誘った。 「いつものように上のお口で俺をイかせて。出来ますね?」 再び彼は頷いて、そうして獲物は罠に掛かった。 「落としてはいけませんよ?」 幾つもの珠を孕ませられて四つん這いでいる高耶に、直江はそう念を押す。 もとよりそういう趣向なのだろうと察しはついていたから、いざるように向きを変えて男の股間に伏せようとしたその時、腋下に手を差し入れられてぐいと引き上げられた。 (!) 上体を起こされて、内部の珠が生き物のようにぞわりと蠢く。 得体の知れない感触に高耶が顔を歪ませた。 「伏せていちゃつまらないでしょう?身体を立てたままで咥えるんです。後ろをしっかり締めながらね。その方がきっと高耶さんも愉しめますよ」 何もしなくても珠が勝手に動いてくれると、直江は、嘲るように告げて笑った。 ギシギシとスプリングが軋む。 天蓋付の豪奢な寝台の上、男らしい見事な体躯を晒して仁王立ちに立つ男の股間を、やはり全裸の高耶が膝立ちに縋りつくようにして慰めている。 すぼめた唇と舌の動きで男のものを育てあげ、狂ったように頭を振りたてては性交を擬態して射精を促す。 じっとりと脂汗を浮かせる額。 呑み切れない唾液と先走りが溢れる口元。 苦しげに絞られる眉。涙の滲む眦。 口淫の奉仕以上に、肉襞を割り裂いて下へ下へと移動していく珠の動きが高耶を追い詰めている。 もう、後孔のすぐ裏側まで来ているに違いない翡翠は敏感な神経を刺激して排泄そのもののシグナルを発しているのだ。 懸命に堪えてはいるものの、その我慢にも限界が近い。 苦悶に歪む高耶の顔を、悠然と直江が見下ろしていた。 「今夜はずいぶんと積極的で嬉しいですよ、高耶さん。でも、もう少し頑張ってくださいね」 それまで為すがままだった直江が急に動いた。 不意打ちに腰を突き上げられ、気道を塞がれる。 「!」 一瞬、意識がそちらに逸れた。危うい均衡が崩れるにはそれで充分だった。 「―――っ」 塞がれている喉から悲痛な呻きが洩れる。 ほとんど同時に、寝具にぽたりと軽い衝撃が走って、最初の翡翠が脚の間に転がった。 大きく見開かれた高耶の瞳に絶望の色がよぎり、張りつめていた緊張が弾けて弛緩した身体から、貴石の珠は、自らの重みで堰を切ったように次々と零れ落ちる。 「ああ、洩らしちゃったの?」 楽しそうに直江が言った。 「あれほど言い聞かせたのに、いけない子だ。悪い子にはなにかお仕置きが必要ですね…」 くすくす笑いながら先を続けた。 「仔猫を躾るコツはね、高耶さん、悪さをしたらすぐに水を浴びせることだそうですよ。 あいにく水はないけれど、代わりにあなたが一生懸命用意してくれていたこれを掛けてあげる…」 そう言いざま、直江は己の男根を高耶の唇から引き抜くと、その顔めがけて精を放った。 「!」 避ける間もなかった。 咄嗟に瞑った瞼の上や整った鼻梁、頬に飛び散った生暖かい白濁がゆっくりと流れ落ちていく。 青臭い精液で己が顔面を汚されても抗うことも出来ずに居竦む高耶を、目を細めて男がみつめる。 愛しむように抱き寄せて、その髪を撫で、耳朶をくすぐった。 「……でもこれは、飲みなれているあなたのミルクだ。顔に浴びせられたからといってお仕置きにはならないですね」 別な罰を考えましょうと、そう、美しく微笑んだ。
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