天音
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そうして過ごす数日が夢のように楽しかった。長考を促すため態のいい軟禁状態に置かれているのが、苦にならないほど。
彼への執心は即座に知れ渡ったとみえて、滞在中のほとんどの時間、彼を侍らせていても咎める者は誰もなかった。
食事を共にし、庭園の散策をし、書斎の蔵書を検分し、時々は戯れあって一日が終わる。

さまざまな話をした。
本を読んで知った独学の知識ばかりで 外の世界をほとんど知らないという彼に、自分の見聞した異国の出来事を面白おかしく話してやると、瞳輝かせて聴き入った。
時にはこちらが彼の演奏を所望する。
これも正式に習ったことはなく、見よう見まねの自己流だという彼の琵琶は、昼の光の中で聴いても素晴らしかった。やはり彼には天賦の才があるのだろう。
「高耶さんなら、宮廷お抱えの楽師としてだって通用しますよ」
「やだよ。そんな窮屈そうな生活」
「じゃ、私と組んで旅に出るのは如何です?あなたは流しの楽師で私も流れ者の用心棒で。 あなたにひもじい思いをさせないくらいは稼いでみせますよ」
「ははっ。いいな。それ」
おどけた軽口に屈託なく笑って、やがて寂しげに眼を伏せる。叶わぬ願いだと諦めているように。

本当にさまざまなことを語りあった。けれど、彼は自分の身の上については語らなかったし、直江も敢えて訊かなかった。
懐に立ち入ってしまえば、自分もまた同じものを彼に返さねばならない。自分という人間をすべて曝け出すにはまだ少し躊躇いがあったのだ。

砂糖菓子みたいにあまい時間だけが流れていく。苦い澱を沈ませたまま。
夜毎に睦みあいながら、何度も繰り返した。
愛してる。と。
掛け値なしの本気だった。
そう囁くたび、切なげに見上げてくるその瞳に、万感の想いが込められている気がした。
義務でなく抱かれているのだと、彼も自分を憎からず想っていてくれるのだと、言葉で聞かずとも信じられた。
確かに出会いは夜伽の敵娼だった。けれど、こんなに愛しく思える人をほかには知らない。 彼が籠の鳥なのだとしたら、自分が自由にしてやりたい。自分に出来る方法で。


直江の意向を伝えられた領主が再びこの別邸を訪ねてきたのは、それから程なく。
一切の儀礼を省き人払いをした書斎で、ふたりは長い間密談を交わしていた。
高耶の待つ寝室に直江が戻ってきたのは夜半過ぎのこと。
不安な面持ちでいる高耶にキスをくれて、直江は言った。
「急にこちらを離れることになりました。きっとあなたを迎えに来ます。それまでどうか、待っていて」
「直江……」
その簡潔な一言を実現させるために、 これからどれほどの危険に向き合いどれだけの犠牲を払わねばならないのか。
言葉の裏に隠された意味を、おそらく高耶は正確に察したのだろう。顔を歪ませてぎゅっとしがみついてきた。
「絶対、待ってるから……」
嗚咽をこらえるような声で言う。それだけで決意の半ばが報われた思いがした。
もう一度、高耶を固く抱きしめると、闇に紛れるように直江は屋敷から姿を消した。




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そして高耶さんも転げてるはずなんだけど。…けど(^^;)










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