天音
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予定調和だ。
自室の質素な寝台で高耶は膝を抱える。
直江の夜伽に向かったあの夜から、こうなることは解っていた。 兄は世間に流布する『公式見解』を伝えてくれたわけだけど、薄々高耶は察している。
暴漢云々は目眩まし、老公爵を亡き者としたかったのは、実はその嫡男と彼に繋がる北条であり、その刺客として直江は送り込まれたのだろうと。
実行犯が都合よく死んでくれて真相は闇の中。そして死なないまでも重態の床にある公爵の権勢は間違いなく弱体化する。 実権はその嫡男、さらには嫡男の知恵袋として控える北条に移ることになるのだろう。
すべては兄の思惑通り。だから、これはきっと喜ばしいことなのだ。秘密を抱えたまま直江が死んだことも含めて。

予定調和だ。何も不安に思うことはない。
今までだってそうだった。 何人もの男が高耶に係わり、通り過ぎていった。
そのまま逢うこともないのだったら最初からいないのと一緒。 そう思いきわめて記憶にフタをし、深く考えないようにしてきた。
そうした行きずりの人間の行方より、兄が喜んでくれることのほうがずっと大切だったから。
野垂れ死ぬしかなかった運命を救ってくれた人。 自分に眼を掛けてくれる人。母に死に別れた自分に唯一人、肉親の情を寄せてくれた人。
身分も立場も違いすぎるのはわきまえている。
だから北条が隠すように自分を此処に留め置き、腹違いの弟として世間に披露目ないことにも特に不満は持たなかった。
傍で仕えることが叶わないなら、自分に出来る事で役に立ちたかった。 一介の伶人として楽の音を供し、そして往々にして春を鬻ぐことになっても。
母の遺した不可思議な性具。
要人をもてなすのに何度か兄お抱えの娼妓たちが試したことはあった。 が、大抵の男を惑わし狂乱させるあの珠は、高耶の奏でる琵琶にしか反応しない。
それがはっきり解ったとき、高耶の方からすすんで夜伽役を申し出た。それしか恩義に報いる方法を思いつけなかったから。
見知らぬ相手とまぐわうたび心が軋むとしても。それは自分から望んだこと。 決して強制されたわけではないのだ。だからこの境遇から逃げ出したいとも思わない。
なのに。
(…・…旅に出るのは如何です?)
なぜ今頃幻聴が聞こえてくるのだろう?
(ひもじい思いをさせないぐらいには稼いでみせますよ)
こんなに暖かく胸に沁み入る声音で。
(……愛しています……)
自分には紡ぐ資格のない言葉を。

きりきりと何処かが痛む。何かが零れ落ちていく。
直江がこの世に存在しないという事実に。
泣くわけにはいかない。泣いて楽になることは赦されない。
自分が彼を死に追いやった、それもまた紛れもない事実だから―――




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高耶さんのキャラもちょっと違うかな〜と思いつつ
でも高耶さんって一途だから(^^;)
慕う相手を間違えたらこうなるかも。。。ということで











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