夕凪
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水族館からさらに車で十数分。 到着したのは、旅雑誌にでも載っていそうな洒落たリゾートホテルだった。
直江には似つかわしい佇まいでも、自分は違う。楽しむより気疲れしそう、えらく場違いな処に来てしまったと、今さらながらに高耶は尻ごむ。
なんとなく察していてはいたのだ。いかにも育ちの良さそうなこの男の実家に届いた招待券というなら それなりのグレード、庶民である自分には敷居が高い宿かもしれないと。
それを改めて思い知らされ、つい男の口車に乗った自分に、少し、へこんだ。
他の客のようにロビーで寛ぐなんてとても無理、おのぼりさん丸出しでまずはこいつにくっついていこうと、コガモよろしく直江の後を追いかける。 自然にフロントでの会話の断片も耳に届いてしまって、その予約内容にぎょっとなった。
高耶の気配を察したか、すぐに直江が振り返って心配そうに訊いてくる。
「眺めのいい方がいいだろうと思って、勝手にツインにしたんですが……。ひょっとして高耶さんは別々の部屋がよかったですか? 私と離れた方が落ち着ける?」
(それはこっちの台詞だろ?今日一日オレ相手に気を遣って世話焼いてくれて。 一人になってゆったりしたいと思うのはむしろそっちのほうだろ?)
そうは思っても言葉に出せずに口ごもっていると、直江は、さらに秘密めかして声を潜めた。
「それとも、一人にならなきゃない理由があるとか。…寝言を言うとか歯ぎしりがすごいとか内緒にしたい癖でもおありですか?」
「ばっっ!!そんなんあるわけないだろっ!」
一瞬の絶句の後、やはり小声で言い返した高耶に、直江はにこりと微笑んだ。
「ああ、よかった。高耶さんに不都合がないならかまいませんよね?このままで」
そう畳み掛けられてはじめて、うまく乗せられてしまったことに気づいた。それがなんだか口惜しくて 恨みがましく上目遣いで見つめていると、直江は今度は困ったように眉尻下げた。
「せっかく楽しく一日過ごした旅先にいるんです。別々に泊るなんて淋しいこと、お願いだから言わないでください」
まだまだ話したいことはいっぱいあるんですから、と下手に出られて。
元々少し驚いただけで特に不満があるわけではないのだ。そもそもが直江のおごりなのだし。
「……まあ、直江がそれでいいんなら」
素直に折れると、それまで仮面のように沈黙を張りつけていたスタッフが何事もなかったかのように部屋番号を復唱してカードキーを提示する。
にこやかに直江はそれを受け取って、案内は断り、そのまま高耶を促してエレベーターホールへと向かった。


目に飛び込んできたのは、空、だった。
ホテルの上層階、大きく切り取られた窓一面の空。
吸い寄せられるように近づいて、やがて視界に映るのは、わずかに弧を描く水平線と、海。ただそれだけ。 圧倒的な眺望だった。
「すっげー」
子どもみたいに窓に張り付いた高耶が、やがて振り向き、やはり子どものような爛漫な笑顔をみせる。
「ほんとにすごい眺めだ。………どうもありがと」
「どういたしまして。気に入ってもらえて、よかった」
はにかみながらの高耶の謝辞に直江の顔もほころんだ。
「此処は東に面していますから。少し頑張って早起きすれば、きっと海から昇る綺麗な日の出が見られますよ」
「へえ、そりゃ楽しみだ。目覚ましセットしとかないと。なあ、日の出って何時ぐらい?あんまり早かったら二度寝決定だな」
そんな他愛のない会話をして二人で調べるうちに、軽いノックの音がした。
運ばれてきたのはウェルカムドリンクとフルーツの盛り合わせ。
地熱も利用できるこの地方はハウスで栽培する南方の果物が隠れた名産であるらしい。
早速それらを味わい、 添えられていたパンフレットをつらつら眺めた後は、高耶はあらためて部屋の探検に乗り出す。
一通りソファやベッドに乗り上げてクッションの具合を確かめ、クローゼットに荷物を仕舞い、 豪勢な設えのバスルームに歓声をあげてそのアメニティの充実ぶりを直江に報告しにくる頃には、 すっかり肩の力も抜けたようで。
気位の高い愛しい猫に及第点をもらったよう、 直江はこっそり安堵の息を吐いたのだった。




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まず浮かんだのはツインに驚く高耶さん、それを丸め込む直江(笑)
脳内ではもう少しテンポよかったんですが……(--;)

ちなみに書いてる私もこういうホテルには縁がありませんで、
高耶さんの気持ちは素で書けるけど(おい)それ以外は自信なし
おかしな描写はスルーしてくださると嬉しいです<(__)>






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