夕食にと直江が選んだのは、ホテル内でも比較的こじんまりした創作割烹の一席。 衆人環視のようなテーブルでしゃちほこばってフォークやナイフを使わなければならないのだろうかとびくついていた高耶には、 ありがたい選択だった。 瀟洒な坪庭に面した小上がりに通され、座卓に直江と差し向かう。 ほどなく運ばれてきた料理は、どれもが見目良く美味しかった。 昼に食べた豪快な海鮮丼とはまた一味違い、新鮮な素材を生かしながらさらに工夫を加えてあって、 一品一品が洗練されて食べやすい。 料理を運び逐一説明してくれる仲居とのやり取りは全部直江が引き受け、どこから箸をつけるのか迷うような料理でもさりげなく助け舟をくれたから、 高耶は安心して食べることに専念できた。 合間合間に嗜むのはワインでも日本酒でもなく香りのよい地場産のシードル。 コースの最後にはやはりフルーツの盛り合わせと小さなアイスクリームが出て、勧められるまま高耶はちゃっかり直江の分まで平らげた。 「ご馳走さまでした。すごく美味しかった!」 律義に手を合わせ頭を下げるその仕種にも満足感がにじみ出ていて、直江は高耶以上にしあわせな気分になった。 腹ごなしにぶらぶらと売店をひやかして。 美味しかったからと寝酒にさっきのシードルを買い込んで、部屋に引き上げる。 その後、どちらが先に風呂を遣うかで、少し、揉めた。 結局、高耶が言い負かされた。 いいか。オレ、バブルバスにするんだぞ。バスタブ、アワだらけになるんだぞ? 本っ当にいいのか?後悔しないな? くどいほどに念押しして浴室に消えるのを笑顔で見届けてから、直江は照明を落とし、窓際に腰を下ろす。 部屋に満ちる静謐。 口元には名残の微笑。 今日一日、自分の傍らで楽しそうにしていた高耶の様子を思い返して。 金銭負担をしないこの旅行のことを、彼はしきりに気に病んでいたけれど、とんでもない。 彼にすればただの知人、しかも彼の周囲にはあまりいないであろう微妙な年齢差の自分との距離を測りかね、彼が戸惑っていたのは解っていたから。 普段とは少し違った旅先という非日常の中で同じものを眺め、同じものを食べて、たくさん喋って笑って時にはちょっとした言い合いになって。 そうして過すうちに次第に他人行儀が崩れてタメ口になっていく、その過程が直江にとっては至福の時間だった。 同時に、この人だと改めて思った。 彼の人となりのすべて。天性の伸びやかさや潔さ、少し意地っ張りで負けず嫌いのところまでが、好ましく愛おしい。 彼にとってまだ自分は知人以上友人未満にすぎないだろうけれど。 いつか懐に入り込んで人生をともに歩む存在として認めてもらえたら――― 夢見るように直江が微笑む。 ふと、白いものが目の端を掠めた。 闇に包まれた窓の向こう側、ガラスに映る自分の貌に重なって白く輝く楕円が見える。 少し欠けた月が、海から昇るところだった。 朝日のような華やぎはない。 けれど、この時この場で見る月の出が今の心に添うような気がして、直江は少しずつ高度を上げていく月をじっと見つめていた。 |