泡のお風呂を十二分に堪能して浴室から出た高耶が目にしたのは、窓辺に座って外を眺めるそんな直江の姿だった。 部屋の照明は絞られている。 シルエットになって浮かぶ男には、なんだか声を掛けるのも憚れて。 髪の雫を拭きながら、高耶は足音を忍ばせ静かに歩み寄った。 「直江…?」 おそるおそると呼んだ高耶を、男が振り仰ぐ。 夢から醒めたばかりのようにどこか芒洋とした眼差しで。 「……どうかした?疲れちゃったか?」 気遣う口調に、笑みを浮かべ緩やかに首を振って。 「月が……。つい見惚れてしまって」 そう言って戻す視線の先には、ぽかりと海に浮かぶ月の影。 白々した光が海面に反射し空と海とを繋ぐように光の道を作っているのを、高耶も見た。 モノトーンの夜の海。波間に砕ける月の光。きらきら輝く幾千幾万の光の破片がどこまでも白くたゆたい続いている――― その幻想的な情景に息を呑んだ。 「……こうして、あなたと見られてよかった……」 しみじみと呟いた直江が高耶を見上げ、ふいに目元が引きしまる。 「……髪、乾かさなかったんですか?風邪引きますよ?」 咎めるように手を伸ばすから、高耶もついむきになった。 「のんびり乾かしてたら、その分、おまえの風呂が遅れるじゃねーか。 ほら、さっさと行ってこい。あの酒飲むの、楽しみにしてんだからっ!」 身をよじって直江の手から逃げながら、自分でがしがしタオルを扱う様が、なんだか機嫌を損ねた猫めいていて。 そっぽ向いたまましっしと追い払う仕種をする高耶に、椅子から立った直江が恭しく腰を折る。 「了解しました。いただいてきます。でもあなたはお風呂上りで喉が渇いているでしょうから。先に始めていてくださいね?」 「おうっ!」 言われるまでもないとばかりの元気な返事に見送られて、今度は直江が浴室へと消える番だった。 再び室内に静謐が戻る。 「ふぅ……」 さっきまで直江の座っていた場所に、どさりと高耶が腰をおろす。 そうして、改めて視線を窓の外へと向けた。 夜の海に浮かぶ月。 男が魂奪われるようにして見入っていた風景を。 静かで穏やかで美しくて、でも見つめ続けているとどこかおかしくなるような。 この眺めは、直江自身に似ていると思った。 穏やかで優しくてどこもかしこも端整に整ったキレイな男。 同性でも憧れずにはいられないこの男とは、ボランティア先で知り合った。 知り合いのそのまた知人という口利きで、本番当日訳も解らず 裏方に回されてこき使われて、それでも文句も言わずにつきあってくれた。 まともに話したのは打ち上げの時だけ。それだって、途中からたくましい女性陣に攫われていってしまった。 無理もないと思った。やっかむ気持ちも起きなかった。 それきり逢うこともないだろうと思っていたのに、突然の連絡と、いきなりの旅行の誘い。 嬉しかった。どきどきした。でも、同時に考えずにはいられなかった。 直江にとって自分はどういう位置づけなのだろう?と。 わざわざ指名してくれたのだ、好意をもたれているとは思う。ではどんな種類の? それが不安ですこし怖い。 一日一緒にいて、この男に抱く自分の気持ちがよく解ったから。 友人なんかじゃ収まらない。いまさら、気の置けない友人の立ち位置で付き合い続けるのは、辛いだけだから。 (だったら確かめるしかないよな……) ため息とともに高耶は腹をくくる。 (確かめて……玉砕だ) 直江に好きだと告白する。そして男にその気がないのなら、すっぱりこの縁を断ち切ろうと。 |