夕凪
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そうと覚悟は決めてみたものの、踏み出すためのあと一歩が欲しくて、酒の力を借りることにした。
直江は先に飲んでて構わないと言っていた。とはいえ、彼のいない間に封を開けるのは申し訳ないし図々しい。 けれど自分はこれからもっと図々しい話をするのだ。今さら印象を気にしても仕方がないかと割り切って、 立て続けに、二杯、呷った。
すぐに胃の辺りが温かくなって頭がふわふわしてくる。 これで顔の赤らみも少々の挙動不審も酔った所為にしてごまかせると安堵して、直江を待った。


「お待たせしました………おや、すでにご機嫌ですね。よかった」
「うん。お言葉にあまえてお先してた。……はい、どうぞ」
にこやかな笑みを浮かべて腰を下ろした直江のために、高耶は用意のグラスに酒を注ぐ。
「いただきます」
どちらからともなくグラスの縁を触れ合わせ、澄んだ小さな音が響いた。
一口口に含んで飲み下し、視線を見交わす。直江はまだやわらかく微笑んでいて、その表情が高耶に最後の勇気をくれた。
「今日はすごく楽しかった。ドライブも水族館も、おまけにこんなホテルに泊れて美味しいものご馳走になって。本当に、ありがと」
正面きっての高耶の謝辞に直江の顔が更に綻ぶ。
「どういたしまして。喜んでもらえてよかったです。高耶さんさえよかったらまた何処かに遊びに行きませんか?そうですねえ、例えば……」
「ゴメン、それはちょっと無理」
楽しげに続けようとするのを慌てて遮った。瞬間虚を衝かれたような落胆の表情。直江のこんな貌はみたくないけど。 でも。
「オレ、直江のこと好きだから。だから、友達としておまえと二人あちこち出掛けるのは、楽しいけど、ちょっと、しんどい。 悪いけど、暇つぶし相手なら他を当たってくれないかな。んで、男に想われるのが気色悪かったら、もう、二度と連絡しないでくれ。 オレも潔く諦めるから。勝手言って本当にゴメン……」
一気に捲し立てて、居たたまれなくて顔を背けて立ち上がろうとした、その手をがしっと掴まれた。
「高耶さんっ!」
声を荒げた直江を初めて見た。ここまで真率な瞳の色も。
自分の告白はそれほどこの男を不快にさせたのかと、唇を噛んだ。
「……大人をからかうもんじゃありませんよ」
一息置いて、再びやわらかな口調で直江は言った。悪戯な子どもを嗜めるみたいに。
からかう?
決死の告白も直江には酔った挙句の悪ふざけにしか聞こえなかったんだろうか。
そして、自分がそうと認めれば今の言葉はなかったことにしてくれるのだろう。楽しい思いを台無しにしないために。
所謂、大人の対応というやつだ。
でも、自分はまだ大人になりきらない若造で、男のみせた余裕になんだか無性に腹が立って。
力任せに掴まれていた手を振り払った。
腹に力を込め真っ直ぐに直江を見据えて、もう一度、言い放つ。
「からかってなんか、ない。おまえのことが本気で好きだった。でももうすっぱり諦めるから。直江は気にしなくていい。おやすみっ!」
「冗談じゃないっ!」
怒号とともに突然目の前が暗くなって身体の自由が利かなくなった。直江に抱きすくめられ、頭をつよく抱え込まれているのだと悟るのに、しばらく掛かった。
耳の奥でドクドクと音がする。ずいぶんと早く感じるその鼓動の響きが、自分のか直江のものか、解らない。
押し付けられている浴衣地からはシャボンのいい匂いがした。直江も同じバスソープを使ったのかな?と、ふと場違いなことを考えた。
「お願いだから。一人で突っ走らないで。早まらないで私の気持ちも聞いてください」
さっきとうらはら、縋るような声で直江は言った。
抱きしめていた腕を緩め、高耶と間近に視線を合わせて、その瞳を覗き込むようにして。
「私もあなたが好きです。大好きです。出来るものなら友達じゃなく恋人として高耶さんと付き合いたいと、ずっと思っていました」
(え…?)
高耶にとっては、驚天動地の直江からの告白だった。
「ウソ」
思わず零れた呟きに、直江は傷ついた貌をする。
(え、いや、そうじゃなくて、ウソっていうのは別に否定の意味じゃなくてっ!)
焦っているからよけいにうまく言葉が出てこない。
口をぱくぱくさせながら、必死で目で訴える。それに気づいたのかどうか、直江は再び和らいだ貌をみせた。
「男同士で。あなたにしたら恋愛の対象外なのは解っていたから。せめて距離を詰めよう、友人として認めてもらおうと 下心を持ってあなたをこの旅行に誘いました。あなたが楽しそうにしているのが、本当に嬉しかった。 あなたの寝顔が見たくてあえてこの部屋を取りました。姑息な真似をしてごめんなさい。 でも、信じてもらえますか?あなただけです。あなただけを愛しています……」
そのまま、キス、された。
唇を触れ合わせるだけの優しいキス。高耶の出方を窺うように。
「あなたから好きだと言ってもらえるなんて、考えてもいなかった。 あまりに自分に都合が良過ぎる気がして、咄嗟にはぐらかすような態度を取ってしまった……。これも謝ります。 ごめんなさい。でも、高耶さん。改めてお聞きします。あなたの好きだという言葉に私は縋っていいですか。私を……あなたの恋人にしてくださいますか?」
高耶を見つめる、怖ろしいほど真剣な瞳。 魔法にかかったみたいに動けない。
「キス以上のことを……許してくれる?」
囁きながら、直江はまた唇を重ねてくる。
「んっっ!」
応えなんて返せない。だから高耶は直江の背に腕を回し思い切りしがみついた。
一気に口づけが深くなった。




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あれ?振り出しに戻ってない。。。(苦笑)
高耶さんの跳ね返りっぷりが楽しくて、つい。。。






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