高耶にとっては初めて経験することばかりの夜だった。 互いの肌を密着させる心地よさも、 他人に委ねて得られる快感の深さも、その他人の欲望を自分の内部で受け止める充足も。 それをくれるのが直江だったから。 ずっと憧れていた端整な物腰の男は、穏やかなだけではなく生々しい欲望と猛々しいオスの一面も持ち合わせていたのだと、そのとき、思い知った。 丹念な愛撫と数え切れないキスを受け、奥処を解され、身体を開かれる。 怖いと思った。圧し掛かる男がでなく、与えられる快楽を歯止めなく拾っては上りつめていく自分のカラダが。まるで得体の知れない何かに乗っ取られてしまうよう。 昂ぶるカラダに気持ちがついていかなくて、意味もなくいやだだめだと繰り返した。 うわ言めいた泣き言で本当にやめてほしいわけじゃない、ただちょっとだけ待ってほしい。 口では到底説明しきれない心中を汲んでくれたのかどうか。 高耶が懇願するたび、直江は顔を寄せ、滲む涙を吸い取っては囁いた。 大丈夫。怖くない。愛してる――― 吐息とともに降りかかる言葉の数々。 直江の紡ぐ言霊を、耳が拾って肌で感じて。 やがて、コトバは、産毛が逆立つみたいな快感にすり替わって沁みこんでくる。 じわりと、やんわりと。 心がとろけだす。 律動がシンクロする。 シンクロして脈動してひとつになって膨れ上がった眩い光が―――皓く、爆ぜた。 しばらくは声もなかった。 声だけじゃなく、五感が全部スパークしたよう。ただ意識だけがふわふわと愉悦の海に漂って、 時折、ぶり返してはやってくる漣みたいな余韻に浸っていた。 やがて、ずるりと引き抜かれるリアルな感覚。 それまでひとつに溶け合っていたものが抜き去られるのはなんだか切ない気がしたけれど、 すぐに同じ男の体温に寄り添われた。 少しの重み、汗の湿り気、匂い。いたわるような優しい口づけ。 額に張りついた髪を梳かれ、その指先が愛しむみたいにやわやわと耳朶や頬を滑っていく。 「高耶さん……」 あまく、名を呼ばれた。 応えたいのに、声が出ない。 (あれ?) 困ったように目を開けると、間近にあった直江の貌はもっと困ったように微笑んでいて。 もう一度なんとか声を出そうと窄めかけた唇を止めるように、そっと指を押し当てられた。 「無理をさせてしまったから……。今、水を持ってきます」 するりと直江がベッドを抜け出す。高耶の視界からはすぐに消えてしまったけれど、 滑らかに動くその均整の取れた肢体は、残像となって目に焼きついた。 (やっぱ、かっこいい……) 待つほどのこともなくすぐに直江は戻ってきて、高耶を支え、グラスを差し出す。 その冷たい水を飲んではじめて、喉が干上がっていたのに気づいた。 「…ありがと……」 今度はちゃんと言葉に出せた。そのことに安堵してくたりと高耶は直江にもたれ、直江は直江で嬉しげに高耶の髪を撫でる、 どちらにとっても至福の時間。 それも高耶の瞼が重くなり意識があやしくなるまで。 このまま眠らせてあげたいところですが……と、直江はすまなそうに一言侘び、有無を言わせず高耶を抱き上げ浴室に向かった。 数時間前大はしゃぎでシャボンだらけにした場所で、今度は二人、湯を浴びる。 情事の後の身体を相手に清められるのはかなり恥ずかしかったけれど、あちこち軋むのも事実だったので、観念して為すがままにされた。 きれいに拭われた身体をまた浴衣に包まれる。再びお姫さまのように抱っこされて、恭しく新しいシーツに横たえられた。 まったく絵に描いたような完璧な恋人ぶりで、そこに突っ込む暇もなく、また眠気がやってくる。 「いいですよ。おやすみなさい……」 唆すようにあまやかな声。背中を撫でる掌。 (うん。ごめんな……) もう抗いようがない。高耶はそのまますうっと意識を手放して、長かった一日を終わりにした。 |