その夜更け、音もなく傍らに潜り込んだ直江は、眠っているとばかり思っていた高耶に突然しがみつかれてぎょっとなった。 いきなり唇をふさがれる。稚拙な、けれど、ひたむきな思いがこめられたくちづけで。 「いったい何の真似ですかっ?!」 直江が高耶を引き剥がし語気も荒く理由を訊ねたのは、あやうく衝動に流されそうになったその反動だった。 「……」 咎められたと思ったか、たちまち身をすくませる高耶を、今度は直江が抱きしめる。 見れば高耶は何も身に付けていない。慌てて毛布で包んでやりながら、もう一度、問い掛けた。 「いったいどうしたんです」 「……好きにしていいから」 高耶の応えは本当に小さかった。ようやく耳に拾った、その言葉の意味に絶句する。 「昨夜はうっかり寝ちゃったけど…、今日はもう平気だから。だから……」 「ちょっと待って?あなたの話ではまるで私にそういう趣味があるような口ぶりですが……」 「ちがうのか?」 高耶が不思議そうに見上げてくる。 「違います」 たった今もぐらりときた事実は置いておいて、とりあえずここは力いっぱい否定しておく。 「誰があなたにそんなことを吹き込んだんです?」 「看護婦さんが……」 「は?」 「おかしいっていうんだ。身内でもない見ず知らずの病人を引き取ろうなんて、絶対何かあるって。……カラダが目当てなんじゃないかって」 「面と向ってそう言われたの?」 「……そんな話してるのを、聞いちまった……。体温計返しにいった時に」 「つまりはラチもない噂話ということですね?」 なにやらとんでもない誤解をされていたことに肩を落す直江に、必死に高耶が言い募る。 「でも、オレもそう思ったから。……なんでこんなに優しいんだろうってずっと考えていたから。もしもそれでいいなら安いもんだって思った。それに……」 「……それに、なに?」 「そういう関係になってしまえば、毎晩一緒にいてくれると思って」 「身体を差し出してでも一緒に寝てくれる誰かが欲しかった?」 深い眼差しで直江は高耶を引き寄せる。 「誰かじゃない。直江にそうして欲しかった。直江、優しいから、ずっとこのままでいてくれるとは思ったけど、でも、それじゃあんまり」 「あなたの気がすまなかった?……優しくされるだけでは不安ですか?」 しっかりと抱き込んで、毛布ごしに背中をさする。 「直江に返せるものをオレ、何も持ってないから」 「あなたがいてくれるだけでいいんですよ。……それでも不安なら、言い換えます。あなたと一緒に暮らしたいんです。 私はね、高耶さん。一目見たときからあなたに惹かれた。ただあなたに傍にいてほしかった。 たまたまあなたが庇護を必要としていたから、こういう形をとってしまったけれど、あなたは負い目を感じる必要なんてないんです。 ……それに何もないんじゃない。あなたは美味しいご飯をつくってくださるでしょう?それで充分です」 「本当に?本当にそれだけでいいの?」 おずおずと高耶が問う。 笑って直江が頷いた。 「毎晩添い寝してもおつりがくるくらいにね、これから寒くなる一方だし、今年の冬はお互い湯たんぽは要りませんね。さあ、パジャマはどこ?きちんと着ないと風邪をひきますよ?」 高耶が身を屈めて手を伸ばし、ベッドの下に落としていた自分の寝巻きを拾い上げた。 それを見ながら直江がベッドから離れる。 「牛乳でも温めてきます」 そう言い置いて。 高耶の姿を締め出すようにドアを閉め廊下に出た後、直江は暫くそこから動けなかった。 なるほど彼はあの『高耶』ではないのだと、今更ながらに納得する。 与えられるものを無心で受け取っていたあの猫とは違う。 対価を支払わねば他人の好意を信じられないほどに、彼は辛酸を舐めている。 そして、自分も。 庇護するだけでは済まされない思い。彼に対する欲情を確かに直江は自覚していた。 |