「ずいぶんと盛り上がっていましたね。なんの話だったんです?」 夕食後の珈琲を飲みながら、直江が言う。 思いがけずに長居をしてしまった綾子は、乗り継ぎがなくなるからと、夕飯の誘いを断って帰っていった。 やっぱりここって僻地だわっ!と、憤然としながら。 「うん……」 少し迷ってから高耶が応える。 「いろいろ。なんでここに住んでいるのかとか……猫のことも」 「ああ……」 虚をつかれたように直江が一瞬絶句する。 まだ高耶には話していないことだった。猫と同じ名前だなんて、それが出会いのきっかけだなんてあまりいい思いはしないだろうからと。 そして、高耶との日々を暮らすうちに次第に言い出しそびれてしまった。 どんどん深まっていく思いに反して、身代わりなのだと誤解させるのが不本意で。 そんな直江の心中を見透かしでもしたように、高耶が言った。 「一緒に暮らせて嬉しかった。……たとえ最初はペット代わりだったとしても」 「高耶さんっ!」 やはりそう受け取ってしまうのかと唇をかむ直江に、高耶がゆるゆると首を振る。 「平気。だって、今は違うよな?ちゃんとオレのこと見てそして考えていてくれる……」 「高耶さん……」 「好きだよ……」 突然の告白。しかし、寄ってきた高耶は詫びるようにうなだれている。 「直江が好きだ。おまえにはこんな感情迷惑かもしれないけど……でも好きだ」 「なぜ迷惑なんて思うんです?」 腕を伸ばして引き寄せた。高耶は意外そうに目を見張っている。 「え?だって、あの時……」 断っただろう?そんな目で見上げてくる。頬を掌で包んで囁いた。 「やせ我慢しただけです……。本当はすぐにでも抱いてしまいたかった。でも、あなたがとても傷ついていたから。 身体の関係からはいったらあなたが壊れてしまいそうだったから。あなたの心も護ってあげたかったから……。でも遠回りしたかいはありました。 ―――愛しています。あなたを」 直江の言葉が思考を蕩かしていく。何も考えられないまま深くくちづけを受け入れる。 「……んっ…ふっ……」 鼻に抜ける息が艶めいた喘ぎになって男を煽る。 荒い呼吸を繰り返す高耶を見つめる直江の瞳には、すでに狂おしい光が湛えられていた。 いつもの寝室、いつものベッド、そしてこの一年近くの間ずっと傍にいてくれた温もり。 それなのに、衣服を脱ぎ捨てて直に触れあう肌は、何故こんなにも熱いのだろう。 身体中に触れられてキスを落とされた。 それだけで痺れるような快感が背筋を這い上がってくる。自分の中にこんなマグマがあったなんて知らなかった。 導かれるままに最初の迸りに達し、浮遊するような余韻に浸っていた時、軽く唇に触れられて、その後くるりと裏返された。 「―――っ!」 四つん這いで押し開かれた双丘に、ひやりとした滑らかな感触で触れられて、引き攣れたように喉が鳴った。 ワセリンの小壜から中身をすくい取った指先で、患部に薬を塗りこめるようにして、直江は高耶の菫色した翳りに愛撫を施す。 人目に曝されることのなかった柔肌はくるくると円を描くような動きに翻弄されてやがてじんわりと熱を帯び始めた。 ほころぶ蕾にするりと指が潜り込む。軟膏のすべりに助けられてほんの少し。 ぴくり、と、高耶の身体が跳ね上がった。 が、それ以上の侵入はなく、驚いてすぼまった蕾をあやすように緩やかな愛撫が続く。 二度、三度とそれは繰り返され、強烈だった違和感も次第にひとつの刺激として受け止められるようになった頃、新たに軟膏を纏った指を、直江は明確な意図を持って奥処に忍び込ませた。 「あああ―――っ!」 反射的に身が竦む。 「…痛い?」 背後から覆い被さる気遣わしげな声には、首を振った。 痛いのではない。辛いのとも違う。 身体の内部に自分以外の異物が入り込んでいるこの感じをなんと伝えればいいのだろう? 身体を何かに乗っ取られるような、自分が別の何かに変化するような、そんな気がする。 ショックをやり過ごすように、関節の半ばまで埋め込まれていた指は暫くじっと動かなかった。 が、頃合を見て再び挿入を開始する。内壁の更なる奥を目指して。 肉襞への摩擦のせいで、熱を持ったように奇妙な疼きが走る。 触れられることで初めて知った身体の奥に今、直江が入り込んでいる。 そう自覚したとたん、突然溢れるように強烈な快感が湧きあがってきて、高耶は我知らず叫んでいた。 「―――あああぁっ…やっ…」 ぐるりと内部で回された指が、前立腺を突いてくる。目の眩むような感覚についていけない。これ以上なにかされたらおかしくなってしまいそうで、動きを遮るように肉襞が収縮して直江の指を締め付けた。 身体を強張らせ緊張で震える高耶を、動きを止めた直江が愛しげに見つめている。 その間にも一気に背筋を駆け上がった快感は、やがてピークに達したようにゆったりと拡散し、それにつれて高耶の身体も弛緩する。 直江は急がなかった。 荒い呼吸が整うのを見澄ましてから、おもむろに次の刺激を送り込む。一つ一つの快楽の波の形を損なうことなく高耶に教え込むように。 優しいようでいて、ひどく意地の悪い愛し方だった。 うねりをやり過ごすたびに、快感を記憶した身体は更なる刺激を期待する。 それなのに、男がくれるものは、まるで関数曲線のような規則正しい単調な波形なのだから。 もどかしさに気が狂いそうだった。 もうこんなものではもの足りない。この先にあるに違いないクライマックスが欲しくて、知らず、腰を揺らす。 もっと奥まで、もっと手酷く抉ってほしいとすすり泣きながら、高耶は背中をしならせて背後を振り返った。 同時に、視界がぐるりと反転した。 直江の顔がすぐ上にあって、再び体を返され向き合う格好になったのだと知る。 腕をとられ導かれたのは男の下腹部。直江は高耶にその屹立を握らせた。 先端から雫を溢れさせているそれを高耶の手で扱かせる。掌に伝わる濡れた感触が雄弁に男の欲情を知らせてきた。 無言のまま、視線が絡む。 否やはなかった。 奥の疼きを宥めてもらいたくて。一刻も早く貫いてほしくて。 高耶は自ら脚を大きく割り広げ、直江を迎え入れていた。 |