キャットニップの薫る庭
―4―



〈そりゃ、独占欲ってやつだな。しかもかなりの重症だ。〉
断言する千秋に、高耶がきょとんとした顔をする。
経験値の低い、もの知らずなちびネコに、さてどうやって、未知なる感情を理解させるか?
しばし考えこんで千秋は口を開く。
〈おまえ、直江が好きか?〉
〈うん。〉
〈俺のことは?〉
〈好きだよ。〉
当たり前の顔をして言うものだから、かえって訊いた千秋が照れてしまった。
沈みそうになりながら必死で思考を立て直す。
このちびすけの好きには特別な意味なんてない。ツナ缶やマタタビやパタパタが好き……それと同レベルの好きなのだ。どうせ。
この場合はそれが問題なのだが。
世の中にはツナ缶以上に特別な『好き』があることを、こいつはわかっているんだろうか。
〈じゃあ訊くがな、その『好き』にちがいはあるか?直江と俺との?〉
〈……ない……と思う……〉
自信なさげに高耶が応える。思い通りの反応にさらに千秋がたたみかけた。
〈おまえの直江はな、おまえが好きで好きでたまらない。ただし、おまえの『好き』とはちょっと意味が違うんだ。 誰かと一緒くたの『好き』じゃ厭なんだな。おまえのことを一番に考える見返りに、おなじことを要求する……まあ、人間特有の身勝手な理屈のひとつだ〉
〈???〉
しばらく固まっていた高耶が、やがて不安そうに訊き返してきた。
〈じゃ、オレ、またたびやパタパタでも遊んじゃいけないのか?我慢したほうがいいのか?〉
なんでそこに俺の名前が出てこない?
内心で突っ込みながら意地悪く訊ねてやる。
〈まあ、そういうこった。で、おまえはそれができるのか?大好きな直江のために?ほかの好きなもんを全部我慢できるか?〉
できるわけがない。元来猫はそういう我慢とは無縁の生き物なのだから。
そう、高を括っていた千秋なのに、高耶の答は違っていた。
涙をいっぱいにためながら、健気にも言い切ったのだ。
〈うん。我慢……する。それで直江が喜ぶなら、…ちょっとは悪戯しちゃうかもしれないけど…でも、オレ、頑張る。〉
どうやら高耶を問い詰めたのはやぶへびだったらしい。
混沌としたたくさんの『好き』のなかでも、直江への思いは特別に強いものであることを、高耶はしっかり自覚してしまったのだ。他ならぬ、自分の言葉を触媒にして。 
涙がでそうになった。
飼い主との絆の深さに心打たれたのではなく、猫の風上にも置けない滅私の心根が情けなくてだ。
間違ってる。
こんな感情を猫が持つのは、絶対に間違っている。
これはもう『人間』の感情で、しかも高耶とあの飼い主は、相思相愛ということになるではないか?同属たる自分を差し置いて?
なんともプライドの傷つく話だが、それを認めずに足掻くのは千秋の矜持が許さなかった。

長い沈黙の後。
海より深いため息をついて、お気に入りのおもちゃを手放す覚悟で、ようやく千秋はこう言った。

〈……おまえ、いっぺん死んで来い。〉




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あああっ高耶さんてばっっっ!!!





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