出自とともに告げられた換生という意味を考えていた。 自分はそんなものではない。景虎などではないと、あのとき咄嗟に否定したのは怖かったからだ。 自分が自分でなくなるような怖さ。今まで築き上げてきたものが一瞬で崩れ落ちるような虚無。そんなものに飲み込まれたくはなかった。 そしてそんな自分を、直江はただいたましそうに見つめていた。その心情を、高耶の惑乱を理解しているとでもいうように。 荒唐無稽なその話の内実を、賢らだって声高に説くのでなく、淡々と事実だけを積み重ねて聞かせるから、やがて、耳を傾けないわけにはいかなくなった。 なにより、譲がその渦中にいては。 まさかと思う一方で、先日の夢の名残が引っ掛かる。 托卵する不如帰。それに例えた自分の言葉。あれは、まさしく換生という行為を意味していたのではないか? では自分は? 景虎なのだとして、此処に在る仰木高耶という自分は? 直江が守り、慈しんでくれたのは、いったいどちらの自分だったのだろう? 答は考えるまでもなく。 深い絶望が高耶を包んだ。 もしも。 もしも自分が景虎ではなかったら。ただの子どもに過ぎなかったら。 あの手は差し伸べてはくれなかったのだろうか。 無心にすがりついていたあの温かな場所は、本来景虎のものだった? 同じことだと彼は言うけれど。景虎の記憶がない以上、高耶にとって景虎は他人だ。それなのに、謂れなき庇護を受け続け、すべて勝手に勘違いをして甘えていた。 そんな自分が、情けなくて恥ずかしくて、もう涙も出てこない。 なんなんだよっ! 底なしの自己嫌悪はやがて怒りにすりかわる。直江に対して、そして自分に対して。 高耶の態度から無邪気さが消えた。無心に笑いかけてくれたあの少年はもういない。 硬い表情を見るたびに喪ったものの大きさを考える。 それでも。まだ最悪な部分は伝えていない。 もしも、彼が知ってしまったら……。 それは覚悟の上だったというのに、やはり怯えずにはいられない。 自分の中の女々しさを嘲いながら、直江はあえて高耶の心を溶かそうとはしない。 二人の間を隔てる頑なな冷ややかな空気は、まるで自分への罰だとでもいうように。 景虎が覚醒した。 記憶はまだ戻らない。力も完全ではない。半信半疑に揺れながらそれでも高耶は否応なく自覚しなければならなかった。 自分が、景虎なのだと。 換生という手段で命を繋いできた、直江の輩なのだと。 夜叉衆が集い、それに呼応するかのように、高耶の周囲は一気にきな臭いものとなる。 張り巡らされた罠。直江の負傷。投げつけられる敵方の不穏な言葉。すべては理解できないながら、激昂する直江の剣幕に不安が煽られる。 何があった? 織田との戦いで致命的な打撃を受けたというその三十年前に。景虎と直江との間に? その答は得られないままに事件は一応の収束をみせ、束の間の平穏が戻る。 相変わらず、あやうい空気を孕んだまま。 |