聯珠 3


雨の予兆か、夜半過ぎになって風が強まってきた。
カーテンが風をはらんでふわりと持ち上がっては、はらりとはためく。
その布地の擦れ合う音と、もうひとつ、やるせない息遣いが薄闇の部屋に満ちていた。

「は…あっ……」

ベッドで直江に組み敷かれている高耶がまたひとつ切ない喘ぎを洩らした。
高耶の身体のあちこちに桜色の跡が散らばっている。
丹念に舐められ、吸い上げられた直江の所有の印だ。ひとつ増えるたびに悲鳴をあげ、喘ぎながら戦慄いた。

身体はすでに限界に近い。
巧みな指先と舌の愛撫に、いいように追い上げられては極み寸前でするりとかわされる。
そんな繰り返しが、もうどれだけ続いているだろう。
切れ切れの声で名を呼び、懇願しても、直江はそ知らぬふりで高耶の首筋に顔を埋めたままでいる。

男の髪に指を絡ませ、震える腕で抱きしめる。
ここまで追い込んでおきながら、直江はいまだ高耶の中心に触れていないのだ。
焦れた高耶が腰を浮かせてねだるように硬く勃ち上がったものをおしつけても、一番欲しい部分に男の指はやってこない。

応えようとしない男に、こらえきれずに涙が流れ落ちた。
濡れた後に男が息を吹きかける。
熱を奪ってたちまち乾いていく、こんな刺激にすら体が蕩けそうだ。

嗚咽を洩らす高耶に、直江が優しげに囁いた。

「もう降参ですか?」

「んっ…」

こくこくと頷いた。強がってみせる余裕はすでにない。

「ラクにしてほしい?」

男は重ねて問いかける。

頭の中に誰のものともしれない声が響く。はやく早くとせきたてている。
高耶は夢中で腕を絡ませ、男の首を抱き寄せながら全身で訴えた。

引き寄せられるままに、身体を密着させた直江の手がようやく下肢へと伸びた。

そこはすでに先触れの露で溢れている。
先端に塗りこめるように触れるだけで、高耶の腰が瘧のようにせわしなく波打った。
幹にそって撫で下ろし、再び包み込むように握りこんでやると、甲高く悲鳴をあげてしがみついてくる。
もう言葉をなしていない。

「いいんですよ。そのまま…もう我慢しないで…」

切れ切れのうわ言を聞き取った男が促した。

「―――っ!」

高耶の身体が弓なりにしなって硬直する。
同時に、直江の掌が迸った温かなものを受け止めた。

散々に焦らされ、周到に練り上げられた快楽のうねりは、容易には引かなかった。
解放の余韻に震えが止まらない。
まだ全身があわだって、駆け抜けていった快感の名残を味わっている。

半開きの唇に男が触れてくる。
まるでご褒美のように与えられた軽い口づけは唇に湿り気を与えるとすぐに離れた。

そのあとを追うように、震える瞼がゆっくりとひらく。
が、その眼には何も映ってないのだろう。
直江が投げ出されている脚を折り組み、膝を立てさせた間にその身を滑り込ませても、ただぼんやりとみつめるだけだ。
意識を半分飛ばしてしまって、されるままになっている。

そのあまりの無防備さに苦笑しながら、男は掌に受けた真珠色の滴を脚の付根の奥に移し始めた。

濡れた音をたてて滑らかに動く指の刺激が、また新たな官能を呼び起こし、熱を生んでいく。

「んんっ…」

夢うつつの高耶が可愛らしい声を洩らし、敏感な部分への愛撫に一度は果てた柔茎がしどけなく勃ち上がろうとしている。

甘い痺れにたゆたっていた意識が急に引き戻されたのは、身の裡に強烈な違和感を感じたからだった。
何かが身体の中に潜り込もうとしている。

「あ……。なおえ?」

ようやく焦点の合った目に直江の顔が映る。

「大丈夫。すぐによくなるから…」

「なに?…つっ!」

再び身の裡を抉られる感覚が走る。
挿し入れられているのが男の指だということに気がついて、全身が羞恥のために赤く染まった。拒もうとして、思わずきつく締め付けてしまう。

「いやだっ!……止めっ…」

違和感より痛みより、秘められた部分をあまさず暴かれるということが本能的な恐怖を呼び起こす。

身体を硬くし、息を詰めて、全身で嫌がる高耶だったが、直江は動じなかった。
笑いを含んだ声で耳を蕩かす。

「駄目ですよ。きちんと慣らさないと、あなたがつらい…。さあ、息を吐いて……」

初めてなんでしょう?

知っていてわざと問いかける。羞恥を煽って楽しんでいる。
熱くなった身体を…その中心を愛しげに撫でる。

中と外から弄ばれて、高耶は再び昂りはじめた。

目の前が真っ赤に染まる。受けている行為の恥ずかしさに気が狂いそうだ。
だが、身体はすでに与えられる刺激を貪欲に味わっている。

直江の指が抜き挿しするたびに、内臓ごと突き上げられるような圧迫感がやってくる。
そのたびに体液が溢れ出しそうな感覚に酩酊する。

粘膜のとある一点を擦りあげられる刺激は、意識の中では羞恥を煽りながら、同時にそこが素晴らしく甘美な疼きの源であることを高耶の身体に教え込んでいる。

せめぎあう意識と感覚が千々に乱れる。

……堕ちていく……。

霞む意識の、これが最後の思考となった。






導かれるままに、気をやった。何度も、何度も。

叫びすぎて声が嗄れた。
緊張と弛緩をくりかえした四肢にはもう力が入らない。

ぐったりと投げ出された裸体が、それでも時折ひくりと痙攣する。

青い匂いと自ら放った体液だけを身にまとい、放心したようにあられもない姿をさらす高耶を、狂おしげな表情で直江がみつめる。

ここまで追い詰めるつもりはなかった。
未通の蕾をただ柔らかく解してやるだけのつもりだったのだ。 奥深くに存在する、快感の在り処を探ることで。

が、達する瞬間の高耶の貌を見たとたんに、何も考えられなくなった。

悦楽に我を忘れた壮絶なまでに艶めかしい表情の、いままで想像もしなかった別の高耶がそこにいた。
麻薬に溺れるように魅入られて、気がつけば無垢だった身体にずいぶんと無理を強いてしまった。

それでも―――

深く口づけてから直江は無抵抗の身体を俯せ、腰を高く上げさせる。
力が入らずに今にも崩れそうなその姿勢を後ろから支えてやる。

充分すぎるほどに潤った菫色の翳りが、夜気に触れて、そこだけ別の生き物のようにひくひくと蠢いている。

ひきしまった双丘を押し開いて、直江はゆっくりと高耶の中に分け入った。

掠れた喉から声にならない悲鳴が迸る。
先程までとは比べ物にならない一物を挿入されて、飲み込みきれない粘膜が今にも切り裂けそうな予感に怯える。
シーツを握りしめ、歯を食いしばって衝撃に耐える。
涙が、滴った。

硬直した身体をなだめるように直江の掌があちこちに滑った。
震えながら、その優しい愛撫だけに集中しようとする。少しでも苦痛を和らげようと、肩で息を吐いた。

根元まで埋まった直江の昂りは、高耶のショックが収まるのを待っておもむろに動き始めた。

頭が灼けつきそうだ。まなうらに極彩色の火花が散る。
プロミネンスのように爆発しては消えていく、幾つもの光の軌跡。

身体を打ち付ける男の動きが激しくなった。

それを追うように、高耶の中の熱も高まる。
腰が勝手に揺れて、より深く男を受け入れ、呑みこもうとしている。

閉ざされた視界に光が溢れた。
ぽつぽつと芥子粒のようだった光点が急激に増殖し、膨張して、まなうらを白一色に灼き尽くす。

と、同時に、光は白い鳥の群れになっていっせいに羽ばたいた。

一気に飛翔する。
めくるめくような高揚感。そして墜落。

意識が…溶暗する。






肩で荒い呼吸をしながら、男は、高耶のなかで最後の余韻をかみしめている。
めくるめく陶酔を味わったのは、直江も同じだった。

気を失っても、高耶の内壁は痙攣が止まなかった。
まるで最後の一滴まで搾り取るように、直江に絡み付いて離さない。
心の底から、愛しさが募る。
抱きとめていた、意識のない身体をそっとベッドに横たえる。
乱れがちの息を整えて、直江は愛しい人の顔を覗き込んだ。

汗を吸った髪がしっとりと重い。張りついていたのをかきあげて額に感謝を込めてくちづけた。
傍らに寄り添ってそのまま火照りの収まるのを待つ。
隣の人肌を察したのか、むずがるような声がした。

「高耶さん?」

乾ききった唇から水を欲しているのを察して、直江はキッチンから運んだコップの水を口移しに飲ませてやった。
こくりと喉が鳴って、満足そうに息を吐く。
みるみる安らいだ顔が、そのまま深い寝息をたてはじめた。

眠りに落ちた高耶の裸身を清め、上掛けで覆ってやりながら、直江は目が眩むほどの幸福に酔っていた。

輝く聯珠を、自らの手で醸す。
この存在に酔うのも、酔わせるのも自分だけだから。

眠りを妨げないよう注意しながらも、衝動のままに何度もキスを繰り返す。

祈るように―――

かしずくように―――

                                           終

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・・・内容についてはノーコメントで。
「聯珠」終了です。そういえば、和綴じ本にも「あとがき」つけられませんでした…(苦笑)
それどころか「奥付」もない、今思うととんでもない「本」でしたね…(遠い眼)ごめんなさい。
お読みくださってどうもありがとうございました。




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