雨の予兆か、夜半過ぎになって風が強まってきた。 カーテンが風をはらんでふわりと持ち上がっては、はらりとはためく。 その布地の擦れ合う音と、もうひとつ、やるせない息遣いが薄闇の部屋に満ちていた。 「は…あっ……」
ベッドで直江に組み敷かれている高耶がまたひとつ切ない喘ぎを洩らした。
身体はすでに限界に近い。
男の髪に指を絡ませ、震える腕で抱きしめる。
応えようとしない男に、こらえきれずに涙が流れ落ちた。 嗚咽を洩らす高耶に、直江が優しげに囁いた。 「もう降参ですか?」 「んっ…」 こくこくと頷いた。強がってみせる余裕はすでにない。 「ラクにしてほしい?」 男は重ねて問いかける。
頭の中に誰のものともしれない声が響く。はやく早くとせきたてている。 引き寄せられるままに、身体を密着させた直江の手がようやく下肢へと伸びた。
そこはすでに先触れの露で溢れている。 「いいんですよ。そのまま…もう我慢しないで…」 切れ切れのうわ言を聞き取った男が促した。 「―――っ!」
高耶の身体が弓なりにしなって硬直する。
散々に焦らされ、周到に練り上げられた快楽のうねりは、容易には引かなかった。
半開きの唇に男が触れてくる。
そのあとを追うように、震える瞼がゆっくりとひらく。 そのあまりの無防備さに苦笑しながら、男は掌に受けた真珠色の滴を脚の付根の奥に移し始めた。 濡れた音をたてて滑らかに動く指の刺激が、また新たな官能を呼び起こし、熱を生んでいく。 「んんっ…」 夢うつつの高耶が可愛らしい声を洩らし、敏感な部分への愛撫に一度は果てた柔茎がしどけなく勃ち上がろうとしている。
甘い痺れにたゆたっていた意識が急に引き戻されたのは、身の裡に強烈な違和感を感じたからだった。 「あ……。なおえ?」 ようやく焦点の合った目に直江の顔が映る。 「大丈夫。すぐによくなるから…」 「なに?…つっ!」
再び身の裡を抉られる感覚が走る。 「いやだっ!……止めっ…」 違和感より痛みより、秘められた部分をあまさず暴かれるということが本能的な恐怖を呼び起こす。
身体を硬くし、息を詰めて、全身で嫌がる高耶だったが、直江は動じなかった。 「駄目ですよ。きちんと慣らさないと、あなたがつらい…。さあ、息を吐いて……」 初めてなんでしょう?
知っていてわざと問いかける。羞恥を煽って楽しんでいる。 中と外から弄ばれて、高耶は再び昂りはじめた。
目の前が真っ赤に染まる。受けている行為の恥ずかしさに気が狂いそうだ。
直江の指が抜き挿しするたびに、内臓ごと突き上げられるような圧迫感がやってくる。 粘膜のとある一点を擦りあげられる刺激は、意識の中では羞恥を煽りながら、同時にそこが素晴らしく甘美な疼きの源であることを高耶の身体に教え込んでいる。 せめぎあう意識と感覚が千々に乱れる。 ……堕ちていく……。 霞む意識の、これが最後の思考となった。
叫びすぎて声が嗄れた。 ぐったりと投げ出された裸体が、それでも時折ひくりと痙攣する。 青い匂いと自ら放った体液だけを身にまとい、放心したようにあられもない姿をさらす高耶を、狂おしげな表情で直江がみつめる。
ここまで追い詰めるつもりはなかった。 が、達する瞬間の高耶の貌を見たとたんに、何も考えられなくなった。
悦楽に我を忘れた壮絶なまでに艶めかしい表情の、いままで想像もしなかった別の高耶がそこにいた。 それでも―――
深く口づけてから直江は無抵抗の身体を俯せ、腰を高く上げさせる。 充分すぎるほどに潤った菫色の翳りが、夜気に触れて、そこだけ別の生き物のようにひくひくと蠢いている。 ひきしまった双丘を押し開いて、直江はゆっくりと高耶の中に分け入った。
掠れた喉から声にならない悲鳴が迸る。
硬直した身体をなだめるように直江の掌があちこちに滑った。 根元まで埋まった直江の昂りは、高耶のショックが収まるのを待っておもむろに動き始めた。
頭が灼けつきそうだ。まなうらに極彩色の火花が散る。 身体を打ち付ける男の動きが激しくなった。
それを追うように、高耶の中の熱も高まる。
閉ざされた視界に光が溢れた。 と、同時に、光は白い鳥の群れになっていっせいに羽ばたいた。
一気に飛翔する。 意識が…溶暗する。
気を失っても、高耶の内壁は痙攣が止まなかった。
汗を吸った髪がしっとりと重い。張りついていたのをかきあげて額に感謝を込めてくちづけた。 「高耶さん?」
乾ききった唇から水を欲しているのを察して、直江はキッチンから運んだコップの水を口移しに飲ませてやった。 眠りに落ちた高耶の裸身を清め、上掛けで覆ってやりながら、直江は目が眩むほどの幸福に酔っていた。
輝く聯珠を、自らの手で醸す。 眠りを妨げないよう注意しながらも、衝動のままに何度もキスを繰り返す。 祈るように――― かしずくように――― 終
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